【手帳の中の物語 ⑧】

『◭ボクの新しい世界の話』


 あの裁判の日から二週間が過ぎました。

 ボクは今、過去のアトランティス大陸に来ています。

 時代は五十世紀くらい。ここまで過去にさかのぼると細かい暦なんてどうでもよくなります。

 どうせ長生きしたって百年くらい。

 ここが何世紀だろうとたいして変わりはありません。


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 それはそうと、ボクにはうれしいニュースがひとつあります。

 なんとチャールズが一緒に来てくれたのです。

 ボクが頼んだわけではありません。

 チャールズが自分の意志で一緒に来てくれたのです。

 チャールズは『坊ちゃんに必要な道具は私だけで十分です』と言ってくれました。チャールズがボクにとって道具なんかではないことはわかっていますが、こんなにうれしいことはありません。


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 それからもう一人、猫のモノも一緒についてきました。

 モノはチャールズにべったりとくっついて離れなかったのです。

 裁判をしていた金色のロボットはこの二人の同行を許してくれました。


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 そういうわけで、ボク達三人はそろってタイムマシンに乗ることになりました。

 もちろんタイムマシンに乗るのはみんな初めてです。

 タイムマシンは金属のボールにドアをつけただけのもので、本体はボールの外にあります。

 詳しい仕組みは分かりませんが、簡単に言うと次元に特殊なフィールドを発生させて、そのグニャグニャの空間の中にボールを落とし込むというものです。

 ボールには窓もなく、赤と緑のランプがあるだけで、赤のランプは『扉を開けるな』で、緑のランプが『扉を開けていい』というしるしです。

 あとはスチール製の椅子と荷物棚があるだけで、明かりの一つもついていません。


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 ボク達はボールの中に入ってドアをしめ、全くの暗闇の中で赤いランプをジーっとみつめました。

 音もないし、動いている感じもありません。ついでに言うと、マシンが落ちたという感覚もありませんでした。

 その間が約一分。

 一分後には赤のランプが消えてグリーンのランプが灯り、ボク達は扉を開けて外に出ました。


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 とたんに強烈な日差しがボク達を包み込みました。

 しばらくはまぶしすぎて何も見えませんでした。

 ようやく目が慣れてくると、目の前に広大な荒野が広がっているのが見えました。

 乾いた熱い風がボクたち三人の間を通り抜けていきました。

 アトランティスの都市の姿は影も形もありません。ボク達ははるかな過去のアトランティス大陸に到着したのでした。


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 ここは全くの無人の大陸でした。

 大陸のほとんどは荒野で、家ほどもある大きな石が転がり、大樹のような巨大な葉があちこちに生えていました。

 上空には強風が吹いており、巨大な太陽から放たれる光と熱は強烈でした。

 ボクがかつてアトランティスの壁の外で見つけた世界、それが目の届く範囲にずっと広がっていたのです。


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 ここに来て最初の一週間はチャールズとこの大陸を探検してまわりました。

 島のほとんどは荒野でしたが、中央部にいくと巨大な湖と大河を発見しました。

 どちらもくっきりと水平線が見えるほどの広大なスケールです。

 その川を遡っていくと巨大な森がありました。この森の巨大さというのはちょっと言葉では表しきれません。

 数千シーエムはあろうかという大木が空に向かって何千本も生えているのです。その一本一本の幹が五〇〇シーエムはあるでしょう。その巨大な幹の周りにはボクが三人いても抱えきれないほどの、やはり巨大な蔦が幾重にもからまりついていました。

 はるかな上空に見える葉っぱは巨大な絨毯じゅうたんのようで、その無数の葉が風になびいてたてる音は、まるで音がさわれるくらいに圧倒的な感じです。


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 その森をさらに抜けていくと、大陸は突然終わります。

 そこには落差何千シーエムという崖が切り立ち、その向こうには巨大な海が広がっていました。

 アトランティスの塀の外で見たあの広大な海です。


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 とにかくこの大陸は全てが巨大でした。

 でもボクはそれを予想していました。

 知っていたというほうが正確かもしれません。

 というのもボクはアトランティス大陸の秘密を知っていたからです。


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 ボクたちは一週間の探検を終え、一番最初にたどり着いた場所に戻ってきました。

 生きていくためにはここが一番安全そうだったからです。

 水場は近くにあったし、少しくぼ地になっていたから、上空に吹いている強い風もここではずい分弱くなっていました。

 そこでボクたちはここで暮らすことに決めました。

 まずはテントを作って、これからどういうふうに暮らしていくかをチャールズと二人で相談しました。

 家を作ることや、畑を作ること、水の確保も大事だし、とにかくやるべきことはいっぱいありました。もちろんそのほとんどをチャールズに教えてもらったことは言うまでもありません。


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 それから忙しい日々がはじまりました。

 今もその真っ最中です。

 家はまだ建設途中だし、食べ物だって自分で取ってこなくてはなりません。

 でもボクはその忙しさの中に今までにない充実感を感じています。

 今更ながら思うのはチャールズがいてくれて本当によかったということです。

 チャールズは物質製造装置(これはありとあらゆる機械を作り出す小さな工場みたいなものです)を持ってきてくれたのですが、これはボクだけではまったく扱いきれない物でした。

 この装置に道具のデザインをプログラムすればたいていのものはできるのですが、ボク一人では何を造ったらいいのか、そもそもどうやってデザインすればいいのかも全く分からなかったからです。


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 チャールズはその装置でを作り、雑草を刈り取る鎌を作り、水を引くパイプを作り出してくれました。

 今はそれらの道具を使って家を組み立てているところです。

 石を切り出し、それを積み上げて壁を作り、水を引いて台所やトイレ、シャワー室を作り、葉っぱを切り出して屋根をつけています。


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 家はもうすぐ完成します。

 でもそうなった時のことが少し心配です。

 確かに家はとても過ごしやすいでしょう。

 風力や太陽を使った発電装置があるから、夜は電気がつくようになるだろうし、自動料理機械を作れば美味しいものも食べられるようになるでしょう。

 チャールズとモノもいるから、昔みたいに家の中でいつまでも遊んでいられる。

 でもボクにはそれが怖いのです。

 上手に書けないけれど、ボクはアトランティスという壁に囲まれた世界から逃げ出して、この家というさらに小さな壁の中に自分をいれようとしている、そんな感じがしてしょうがないのです。


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 ボクはときどき自分の名前に付けられた運命を考えます。

 エスケイプ。

 ボクはいつでも檻の中から逃げ出す運命なんじゃないだろうかと思うのです。

 でも勘違いしないで欲しいのは、この家が嫌いなわけではないということです。

 チャールズやモノがいるこの家は大好きです。

 家の中でのんびり暮らす事だって大好きです。

 でもボクの中の血が、言いようのない熱情みたいなものが、いつでもボクを駆り立てているのです。

 この檻からさっさと逃げ出せ、外に出て行け、と。


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 それからボクはカズンの事も考えます。

 もうカズンはボクの中に溶けてしまって会えないけど、やはりカズンはまだいるような気がするのです。

 家が完成して落ち着いた時、またカズンが現れてボクをどこかに連れて行くのではないかと、何となく感じています。


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 でもそれはきっとまだまだ先の話でしょう。

 しばらくはこの家を完成させることに集中したいと思っています。ボクとチャールズとモノの家です。


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 今、チャールズがボクを呼びにきました。

 新しい装置が完成したそうです。

 それがどんな装置なのか(チャールズはいつもボクを驚かそうと、なにを作り出したのか言わないのです)これから見てきます。

 その装置のことをこの続きに書いて、今日の作文を終わりにします。


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 なんとチャールズが作ったのは記録装置でした。

 未来のアトランティスでも使われていた装置で、ボクの書いた作文を永遠に残せる装置なのだそうです。

 仕組みはよく分からないけれど、つまようじくらいの大きさの宝石に傷をつけてデータを保存するものです。


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「ひょっとしたら未来のアトランティス人がこれを発見して、坊ちゃんの冒険を読むことになるかもしれませんね」

 チャールズはそう言いました。

 その思いつきにボクは少しうれしくなりました。

 ボクが死んだはるか先の世界で、ボクの事を知ってくれている人がいる、そんなことを考えると不思議な感じがします。

 だからこれからも少しずつこの作文を書きたしていこうと思います。

 今日の作文はこれで終わりです。


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