アトランティスのつまようじ

『🔬憎しみの遺伝子と思い出話』中編の下

　あの夏。大学の卒業を目前に控え、わたしと龍次はありったけの金をかき集めて、ポルトガルのアゾレス諸島へと向かった。場所を簡単に言うとヨーロッパの西のはずれ、大西洋の中央部だ。

　アトランティス大陸の所在にはいろいろな説があったが、わたしたちはアゾレス諸島沖合いの海底にあるとにらんでいた。

　当時の学説ではアゾレス諸島に存在することは否定的だったのだが、わたしたちの説は筋金入りだった。

　なにしろ小学生の頃からずっと研究してきたからだ。

　間違いだろうとなんだろうと、とにかく自分の目で確かめたかったのだ。

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　わたしたちは現地でオンボロのクルーザーを借り、地図とコンパスを頼りに海底の探索をはじめた。

　しかし何の収穫もないまま一週間はまたたくまに過ぎていった。それでもわたしたちの確信が揺らぐことはなかった。

　とにかく海底に潜り続けた。探したいポイントは地図上に点々とリストアップしてあり、休んだりくじけたりしている暇はなかったのだ。

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　そうしてさらに二日が過ぎた夜、わたしたちは突然の嵐に巻き込まれてしまった。

　それは巨大な嵐だった。クルーザーは木の葉のように高波にもてあそばれた。わたしたちにはまともな操船の技術などなかったから、船室にこもりひたすら嵐が過ぎ去るのを待った。

　だが海は甘くなかった。まず電気系統がいかれて船室が真っ暗になり、ついで船底から木の裂ける音が響き、次の瞬間わたしたちは海の中に放り出されてしまった。

　そして真っ暗な海の中に引き込まれ、波にもまれて息をすることも出来ず、死を覚悟したとき、ボンヤリとした光が海の底からあふれ出したような気がして……それっきり意識がなくなった。

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　気付いた時にはどこかの海岸にうちあげられていた。

　クルーザーは跡形もなく消えてしまっていた。

　龍次はわたしのすぐ隣にうちあげられていた。

　もちろん最初はそこがアトランティス大陸だとは分からなかった。たぶんスペインかポルトガルに流されてしまったのだろうと思っていた。

　だが違った。

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　それが感覚的に感じられたのだ。

　この世界のすべてが異質だった。

　異質……まさにこういう表現しか思い浮かばない。

　とにかく大きなものから小さなものまで、空気、大地、植物、とにかくすべてが違うのである。

　なにかすべてがくっきりとしているのである。

　おそろしく精巧で本物以上にきれいな造花を見ているような、この世界全体がそんな感じだった。

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　われわれは海岸から内陸へ向かって歩き出した。

　海岸を抜けて、森に入り、草原を歩いていくこと丸一日、ようやくわたしたちは小さな村に到着した。

　その村には石造りのおそろしく精巧にできた家々が立ち並んでいた。碁盤の目にそって石畳の道路が走り、街路樹や公園など花や木がたくさん植えられていた。

　素朴でありながらずいぶんと洗練された印象だった。

　広場らしきところに村の人が集まっていた。驚いたことに彼らは一列に並んでわたし達がやってくるのを待っていた。

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　その村人たちはわたしたちを歓迎してくれた。

　彼らの話す言葉はほとんど聞き取ることはできなかったが、聞いた感じではいろいろな言語が混じっているようだった。

　英語、フランス語、ドイツ語、日本語、このあたりの単語が会話の中でばらばらに混ざっているようだった。

　小さな頃から外国語は勉強していたから、なんとなく予想はつくのだが、致命的なことにわたしはヒアリング、つまり聞き取りというものをした事がなかった。

　紙に書いてあれば理解できるのだが、しゃべられても単語が思いつかないのだ。

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　それを龍次に話してみたところ、あっさりと解決策がかえってきた。

　龍次いわく、それなら紙に書いてもらえばいい、との事だった。

　わたしはさっそく紙と鉛筆を彼らに渡して文字を書いてもらった。が、そこに書かれた文字はさっぱりわからなかった。

　カタカナと象形文字とアルファベットを混ぜたような字で、わたしが一度も見たことのない字だった。

　今考えてみればあれが初めて見るアトランティス文字だったのだ。

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　結局わたしたちは身振りと手振りと、地面に書いたへたくそな絵でわたしたちがここにやってきた理由を説明した。

　すると彼らの中から一人の男が現れ、身振りと手振りとやはりへたくそな絵で自分の家に泊まるようにすすめてくれた。

　彼はへたくそな絵で自分がこの村で一番偉い人間だと教えてくれた。たぶんそうだったろうと思う。彼の描いた自分の頭には王冠が描いてあったからだ。

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　それからわたしたちはその村で、三日間を過ごすことになった。

　本心を言えばもっと滞在したかったのだが、わたしたちは三日間しか、そこにいられなかったのだ。

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　そして龍次はこの村で運命の女性と出会った。

　彼女は村長の二番目の娘だった。

　とてもかわいい女性だった。かわいいだけでなく、聡明で明るくて、そこにいるだけでわれわれの心が楽しくなる、そんな女性だった。

　彼女の名は『サクラ』と言った。これは日本語のそのままの意味だったと思う。

　というのも、彼女が庭に咲いている桜の木を指差し、それから自分の顔を指差したからだ。

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　龍次は最初からサクラに夢中だった。

　龍次のうれしそうな顔を見ていると、こっちまでがうれしくなった。あんなにうれしそうに龍次が人に話しかけている姿をわたしは見たことがなかった。

　そんな龍次の思いはすぐに彼女にも伝わったらしい。

　二人はその日のうちにすっかり仲のいい恋人同士のようになっていた。

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　彼女はわたしたちにとても親切にしてくれ、村や村の周りを案内してくれた。

　村には石造りの様々な建物があった。それぞれの家には大きな庭があり、庭にはその家のシンボルとなる彫刻が飾ってあった。

　それは動物だったり、花だったり、昆虫だったりと多種多様だった。そのどれもが写実的で美しく、この村の文明の豊かさを象徴するようなものだった。

　そしてこの彫刻にはひとつの共通点があった。

　どの彫刻の足元にも、小さな砂場のようなものがあり、その砂場にはキラキラと光る透明なつまようじのようなものが刺してあったのだ。

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　たいていは一本だが二本、三本と刺さっているものもあり、またその素材もルビーの赤、サファイアのブルー、エメラルドのグリーンと様々だった。

　サクラの説明してくれたところでは、この『つまようじ』はその家の歴史の象徴であり、使われた宝石は『祖先の罪の重さ』を示しているという。

　そして彫刻はその歴史を伝える役目があるとのことだった。

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　もっともこの説明は彼女の身振りと地面に描かれた絵だけだったので、当時はわたしの勘違いだと思っていた。それが本当ならこの島の人間はみな犯罪者の子孫ということになってしまうからだ。

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　わたしたちは彫刻を眺めながら村の家々を見てまわった。

　わたしたちの回りにはいつも動物がくっついてきた。犬や猫たちである。

　どれも飼われているらしく、みんな首輪を付けていた。だがつながれている動物はいなかった。みんながのんびりと遊んでいた。

　サクラはすべての動物の名前を知っていて、彼らを呼んでは頭をなでたり、背中をなでたりしてやった。

　彼女が説明したところでは彼らも村人の一員だということだった。

　この街には車はないし、馬車のようなものもないから、犬や猫は実にのびのびと村の生活を楽しんでいるように見えた。

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　わたしたちは村の外にも足を運んだ。

　村を一歩出ると、そこは自然の宝庫だった。見たことのない植物が生えており、見たことのない昆虫がとまっていた。牛や羊がいて、不思議なことにゾウやシマウマや大きなトカゲまでいた。

　この世界では自然と人が完璧な形で調和していた。この村ではそれが当たり前に行われていたが、わたしたちにとってはじつに驚くべき光景だった。

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　しかし行く先々で見るものには、やはりすべてあの異質感が付きまとっていた。

　出来のよすぎる造花のような、あの異質感である。

　そしてわたしはある事に気がついた。

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　なんとなくだが、この世界は妙に空が高かった。

　実際に測ったわけではないから厳密ではない。

　だがわたしは小さな頃からよく空を見上げていたので、確信があった。

　ただその時はそれがなにを意味するのかは分からなかった。

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　村での二日間はあっという間に過ぎ、運命の三日目がやってきた。

　その朝、わたしは一人で村の外を歩いていた。

　龍次はサクラと一緒に森の方へ出かける約束をしており、わたしは気を使って、ひとりで行動することにしたのだ。

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　わたしは村を出て、しばらく草原を歩いていった。

　と、そこに廃墟になった一軒の家を見つけた。

　ずいぶんと昔に放棄された家のようで、家はすっかり植物に侵食されていた。窓だった隙間から家の中を覗いてみると、テーブルや家具は床から突き出した木と同化して朽ち果てていた。

　ガラス製らしいコップや食器が床に落ちているのも見えた。どうやら放置されてからずいぶんと時間がたっているらしかった。それからわたしは家の裏に回りこんだ。

　思ったとおり、この家にも彫刻があった。

　しかしこの家の彫刻は風変わりなものだった。

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　それはなんだかロボットのように見えた。

　二本の手と足があり、気をつけの姿勢で立っている。

　姿は人間と同じだ。だが顔や体の表面には継ぎ目のような細い線が無数に描かれていた。それに手足の関節は歯車を噛み合わせたような形状で、明らかに生身の人間のものではない。

　この村の他の彫刻の出来を考えれば、これはロボットに見えるように作られたものとしか考えられなかった。

　だが妙なのは、この村にはこういう機械文明のようなものが一切ないということだった。単純に言って、この村にあってはならない代物だった。

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（この彫刻もやっぱり家の歴史を守ってるんだろうか？）

　そう思ったわたしは、彫刻の足元を探してみた。

　彫刻の周囲にはツタのような植物が折り重なるように生えており、砂場はすっかり隠れてしまっていた。

　わたしはツタを手でかき分け、宝石でできた『つまようじ』を捜した。

　すると、やはりここにも『つまようじ』があった。

　本数は一本。その一本は砂ボコリをかぶっており、材質はよく分からなかった。

　わたしは辺りを見回し、それをそっとつまみ出した。

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　その瞬間、わたしの指先にぼんやりと暖かな感触が広がった。

　とても神聖なものに触れている感触。こんな感覚は生まれて初めてだった。思わず背中に鳥肌が立った。

　そしてロボットの彫刻を見上げた。なんだかそれが動き出して、つまようじを取り返そうと手を伸ばしているような気がしたのだ。

　だがロボットはぴくりとも動いてはいなかった。

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　わたしはその『つまようじ』を服の裾で軽く磨き、太陽にかざしてみた。

　それは太陽の下で澄んだ透明な輝きを放った。

　きれいな輝きだった。ダイアモンドだ。わたしは宝石には詳しくなかったが、それでもダイアモンドくらいは分かった。

　ガラスの輝きとはまるで次元が違う。その吸い込まれそうな透明な輝きは、これまで見たどのつまようじの宝石よりも美しかった。

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（ということは……それだけ罪が重いということなのかな？）

　わたしはまずそれを思った。

　サクラの話を信じるならば、この宝石は罪の重さを表している。

　とすれば、このダイアモンドは相当に重い罪ということになる……

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　と、そのとき、龍次の声が聞こえた。

　わたしを呼んでいる。

　わたしはあわてて立ち上がった。たぶんサクラも一緒だろう。

　わたしはなんだか自分がいてはいけない場所にいるような気分になった。

　それで思わず、そのダイアモンドのつまようじをポケットに隠した。

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「どうしたんだ？　こんなところで」

　龍次が聞いた。龍次の右手はサクラの左手を握っていた。

　もうすっかり恋人同士という感じだ。

「珍しい彫刻を見つけたんだ。ほら、なんかロボットみたいだろ？」

「本当だ。変わってるな」

　するとサクラが片言の日本語で言った。彼女はわたしたちと歩いているうちに、ずいぶんと日本語を覚えていたのだ。

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「コノイエ、イチバンワルイヒトノイエ」

「悪い人？　なんの犯罪をしたの？」

「ハンザイ？　ナニ？　ワルイヒト、デモ、ミンナダイスキナヒト」

　サクラはそう答えた。

　わたしと龍次は顔を見合わせた。さっぱり意味が分からない。

　そうしているうちに、サクラは両手を組み合わせ、片膝を地面に突くとロボットの彫刻にちょこんとお辞儀した。

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「イキマショウ。ヤクソクノヒ、アシタ」

「約束？　明日？」

　サクラの言葉にわたしはオウム返しに聞いた。

　すると龍次が頭をゆっくりと振りながら言った。

「オレにもさっぱりわからん。ただサクラは今日、ずっとそういっているんだよ……」

「まぁ、何だかよく分からないけど、もう少し二人で散歩でもしてなよ。僕はもう少しこの辺を歩いてる。夕方には戻るからさ」

　二人の頬がさっと赤くなり、うつむき、それから二人で恥ずかしそうに見つめ合った。見ているこっちまでが恥ずかしくなってしまう。

「ほら行った、行った」

「悪いな、輝男」

「悪くないよ、全然」

　それから龍次はサクラの手を取って森のほうへと歩み去った。

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　わたしは去ってゆく二人の背中に手をふりながら、サクラの言った言葉の意味を考えた。

　約束の日とはどういう意味なのだろう？

　わたしたちが来たことと何か関係があるのだろうか？

　そういえばわたし達がこの村についたとき、村人は入り口で待っていなかっただろうか？

　まるでわたし達がやってくるのを知っていたようだった。

　そんなことを考えているうちに、わたしはポケットに隠した『ダイアモンドのつまようじ』の事をすっかり忘れてしまっていた。

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　わたしはいまでもあの三日間が夢の中の出来事だったような気がすることがある。

　あの日々はこの地球上で過ごせるような時間ではなかった。

　あの時間はとても異質で、すべてが鮮明で、恐ろしく現実味を欠いていた。

　だが生涯の思い出となるような美しく、完璧な時間だった。

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　そう、わたしたちがそこに滞在したのはわずか三日間だった。

　結局サクラの告げたとおりになったのだ。

　二人と別れてから、わたしは村に戻った。そしてたくさんのネコを引き連れていろんな家を見て回った。

　どの家の人も親切で、わたしの姿を見かけると手を振って声をかけてくれた。

　そして夕方になって村長の家に戻り、それから少し果物を食べて横になった。

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　わたしはいつの間にか眠っていた。

　窓から流れ込んだ涼しい風に目を覚ますと、窓の向こうに三日月が見えた。

　やはりずいぶんと高いところに浮かんでいる気がする。

　冴えない頭でそう思った。

　すると家の外からがやがやとにぎやかな音が聞こえてきた。たくさんの人が集まっているらしい。話し声やざわめきが幾層にも折り重なって窓から漂ってくる。

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「テルオ、オキロ！」

　サクラと龍次が部屋にやってきた。

　サクラは鮮やかなピンク色のドレスを着ていた。普段着とはずいぶん違う、豪華な衣装のようだった。

　そしてそのピンク色は実に美しくサクラを引き立てていた。

「なにか始まるのか？」

「祭りがあるそうだよ。俺達にも出ろってさ」

「そうか、でもなんの祭りなんだ？」

「わからん」

「ダイジナマツリ。『スケイプ』ノマツリ」

「すけいぷ？　意味分かるか、龍次？」

龍次は肩をすくめた。

「イコウ！　ミンナマッテル」

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　祭りは盛大なものだった。

　村長の家の前の広場には巨大なやぐらが組まれ、大きなかがり火がたかれた。

　どこからともなくにぎやかな音楽が流れ、食べきれないほどの料理が並んだ。

　村人のすべてがそこに集まり、火を囲むようにして、食べたり、唄ったり、踊ったりして祭りを楽しんでいた。

　わたしはなんとなく気おくれしていたので、村長と並んですわり、身振り手振りで取りとめのないことを話していた。

　龍次は村人の輪に加わってサクラと一緒に唄ったり、踊ったりしていた。炎に照らし出された二人の顔はとても楽しそうで、幸せそうで、わたしの胸までが暖かくなるようだった。

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　わたしは鋭子のことを想った。

　彼女も連れてきたかったな、と思った。

　と、そのときポケットの中でちくりと刺すような感触があり、わたしは『ダイアモンドのつまようじ』の事を思い出した。

　そういえばポケットの中に入れっぱなしになっていた。

　明日あの家に返しに行こう。そう思った。

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　やがて祭りはさらににぎやかになり、酒が出された。

　わたしは酒を飲むのは初めてだった。

　あまり美味しいとは思えなかったが、心が軽くなる感じは心地よかった。

　わたしは龍次やサクラと踊りの輪に加わり、村人達と一緒にたくさん笑った。一度だけ、サクラとも踊った。

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　そして祭りは最後を迎えた。

　わたしと龍次は村長の前に呼ばれた。

　村長の横にサクラが座り、わたしたちはそれぞれ正面に向かい合うように座った。

　二人の手には陶器のコップが握られていた。今まで使っていたコップとは違う、なにか神聖な飲み物を入れる特別のコップのようだった。

　わたしたちはコップを受け取った。村長は身振りで一息に飲めと伝えた。

　一瞬わたしと龍次は顔を見合わせた。だが酔っていた二人はお互いににんまりと笑うと、乾杯し、一息に飲み干した。

　それは全くの無味無臭の水のような味だった。

　冷たい感触がのどを滑り落ちた瞬間、わたしたちは意識を失った。

「サヨナラ、リュウジ、テルオ」

　遠くでサクラの声が聞こえたような気がした。

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　目が覚めたとき、わたしたちは見たこともない小船の中にいた。

　どこかの海のど真ん中だった。

　見渡せる範囲に島影は無く、ただ水平線がぐるり三六〇度広がっていた。

　村人が用意してくれたのだろう、船の中に水と食料がたくさん積み込んであった。

　わたしたちは船に積んであった食料を食べながら、三日間ほど海を漂流した。

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　最初、わたしたちはあの三日間が夢だったのではないかと思っていた。

　一緒に何かの幻覚を見たんじゃないかと。

　だがわたしのポケットにはあのダイアモンドのつまようじが残っていた。

　そして彼のポケットには、サクラのネックレスが入っていた。

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「なぁ龍次、あれがアトランティス大陸だったと思うか？」

　わたしがたずねると彼はこう答えた。

「まだ、確証はないけど、間違いないだろう」

　わたしは続けて聞いた。

「もう一度行きたいか？」

　彼はうなずいて言った。

「当たり前だろ。それに行きたいじゃない。もう一度必ず行くぞ」

　わたしは自分も同じだとうなずき返した。

　そして最後に聞いた。

「サクラに会うためだろ？」

　龍次はうれしそうに笑った。

　それが答えだった。そして最後に彼は言った。

「笑わないで聞けよ。オレは確信したんだ。サクラはオレの運命の女性なんだ」

　それからわたしたちは近くを通りかかった漁船に助けられてポルトガルへ戻り、何とか日本へ戻ってきた。