【手帳の中の物語 ④】

『◭ボクが街の外へ出た時の話の続き』


 裁判の日が三日後に決まりました。

 だからこの作文もあと三回で終わりになります。

 でもまだ何にも書けていない気がするので、少し急いで書こうと思います。


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 街の外に出た話のつづきです。

 ボクはドアの外に出るための作戦を考えてありました。


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 ボクはまず、ドアから少し離れたところに大きな穴を掘り始めました。

 穴を掘るのには小さい頃によく遊んだ【穴掘りスプーン】を使いました。知っているかもしれませんが、このスプーンはとても小さいけれど、コツをつかむと面白いように穴が掘れるのです。

 ボクは三十分くらいかけてバイクがすっぽり入る穴を掘り、さらにその穴からドアの方向に、スロープをつくりました。それが出来たところで、穴の中にバイクを隠しました。

 これが作戦の第一段階。


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 それからドアについているカードスロットに、いたずらで使う【ウィルスカード】を差し込み、でたらめな暗証番号を打ち込みました。

 すぐにドアのランプがちかちかと赤く点滅を始めました。もちろんドアは開きませんでした。でもこれも計算のうちです。

 これが作戦の第二段階。


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 そしていよいよ最後の第三段階。

 ボクは急いで落とし穴の中に潜り込むと、中のバイクにまたがり、穴全体に【万能カモフラージュシート】をかぶせました。

 これは小さい頃、かくれんぼをするときによく使っていたおもちゃで、知っている人も多いと思いますが、周りの色そっくりになるシートです。これで外からはボクの入っているこの穴が、全く見えなるはずでした。

 それからボクは息をひそめ、地面の下からこっそりとドアの様子を見守り、その瞬間が来るのをじっと待ちました。


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 しばらくして三人のロボットたちがやってきてドアの点検を始めました。

 みんなチャールズによく似たタイプでした。

 彼らは決められた自分の仕事をちゃんとしていて、それをこれからボクが邪魔するのだと思うと、ちょっと悪い気がしました。

 でもボクはどうしても外の世界が見たかったのです。


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 やがてロボットたちはドアの修理を終えました。

 そして点検のため、ドアを開けました。

 ボクはその瞬間を待っていました。


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 ボクはその瞬間にアクセルを吹かし、穴からとびだしました。

 悪いとは思ったけれど、驚いてバランスを崩したロボットを蹴っとばしてあいだに割り込み、わずかに開いたドアの隙間を一瞬で走り抜けました。

 全てボクの作戦通りでした。


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 壁は予想以上に厚く、しばらく真っ暗なトンネルの中を走っていきました。

 やがてトンネルの向こうにボンヤリと青く光った出口が現れ、だんだん大きくなってきました。

 ボクの中で興奮がふくれあがり、また自分のコメカミを殴りたくなるあの衝動がやってきました。

 でもなんとかそれを押しとどめ、前だけ見てアクセルをさらに回しました。フレームのようになった出口がだんだんと大きくなり、青白い光はどんどん明るさを増していきました。

 そしてボクはついに壁の外へ飛び出したのです。


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 出口を抜けた瞬間、ボクの目の前に壁の外の世界が広がりました。

 それは予想もしていなかった世界でした。

 その夜は月明かりがまぶしく、すべてがほんのりと青白く輝いていました。

 ボクの目の前には巨大な岩石がいくつも転がっていました。

 どの岩石も家一件分くらいの大きさがあります。

 そして岩石の間には、恐ろしく長い『葉っぱ』が空に向かって伸びていました。ビルほどの高さのあるそれは、木ではなく正真正銘の巨大な葉っぱでした。たぶん50シーエムはあったに違いありません。

 でもボクから見えたのはたったそれだけでした。

 巨大な岩と葉っぱだけです。

 それがずっと続いているのです。


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 ボクはその荒地をバイクで走り抜けていきました。

 いずれつかまることは分かっていたので、行けるところまで遠くに行こうと思っていました。

 壁の外の世界に舗装された道はありませんでした。だからボクはとにかく高いところ、遠くに続いてそうな方向を選んでバイクを走らせました。

 岩石はさらに大きくなり、巨大な葉っぱはさらに高くなって、ボクの頭上をすっぽりと覆っていきました。


 が、ふいにそれが途切れました。

 そしてものすごい風がまともにボクに吹き付けてきました。

 ボクはバイクごと後ろに吹き飛ばされました。

 あまりに強い風で、これ以上バイクで進むのは無理そうでした。

 それでもボクはその先の世界をどうしても見たいとおもっていました。


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 ボクはバイクをその場に残し、風の吹く方へ向かって這うように歩きました。なにか変なにおいと、そしてザザーという巨大な音が、ゆっくりとしたリズムで聞こえてきました。

 それはなんだか恐ろしい感じだったけれど、そこになにか大事なものがあるという感じがしました。

 ボクは風に逆らい、地面をつかみながら、一歩一歩前に進んでいきました。


 そしてボクは見たのです。


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 そこには巨大な海がありました。

 アトランティスにも海はあります。

 でもそんなちっぽけなものじゃないのです。

 アトランティスの何百倍、何千倍、それ以上に圧倒的に巨大な海が広がっていたのです。そして海の上には見たこともないような、巨大な月がコウコウと輝いていました。

 そのスケールはあまりに圧倒的で感動的でした。

 世界はこんなにも巨大なんだと思いました。


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 ボクは呆然とそこに立ち尽くしました。

 世界の巨大さにボクは感動していました。

 世界の美しさに泣いてしまいました。


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 どれくらいそうしていたのか分かりません。

 やがて背後からチャールズの声が聞こえました。

 どうしてこんなところに?

 そう思って振り返ると、そこにいたのはチャールズではなく、同じタイプのロボットでした。

 全部で十人ほどいました。


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「壁の外に出ることは禁じられています」

「禁じられてる? この国にルールがあるなんて知らなかったよ」

 ボクはそう言いました。

 実際この国には法律やルールはないのです。昔はあったらしいけれど、ずいぶん前に廃止されていたはずです。

「わたしたちは行政管理局のロボットです。あなたの知らない、古き祖先が定めたルールがあるのです」

「祖先って、200人の科学者のこと?」

「そうです。そのルールにのっとり……」

「ねぇ、ちょっと待って。彼らは脱獄してきたんだろ? なのにまた自分たちで檻を作って、今度はボクたちを閉じ込めるっていうの?」

「ちがいます。ご覧の通り外の世界はあまりに広大で危険なのです。わたしたちはその危険からあなたたちを守っているのです」


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 なるほど、と、ボクはそう思いました。

 でもなにかちょっと違う感じもしたのです。

 その微妙な『なにか』は、もう少しで思いつきそうなのだけれど、なかなか考え付きませんでした。

「それで、ボクをどうするの? 殺すの?」

「そんな事はしません。ただ忘れていただきます。ここに来たことも、見たことも全て忘れてもらいます。それからここに来ようとする動機になるような、性格・感情を修正させていただきます」

「ちぇっ、つまんないの」


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 これ以上は逃げられないと分かっていました。

 それにここがボクの冒険の終着点でした。

 ボクはもう一度振り返って、その巨大な海を見ました。

 本当にその海は巨大でした。

 世界がこんなにも広いんだということが、本当に感動的でした。

 と、ボクのお尻にちくりと痛みが走り、とたんにボクは気を失ってしまいました。


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 次に気がついたときには、ボクは自分の部屋のベッドで眠っていました。

 ベッドの上にはモノがのっかっていて、一緒に寝ていました。

 起き上がると、背中がものすごく痛み、思わず声をあげました。

 筋肉痛のようだったけれど、どうしてだか理由が分かりませんでした。

 たしか、どこかへ行こうとしていたような気がしました。


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 そのとき、部屋の扉を開けてチャールズが入ってきました。

 その手にはお盆があり、お盆の上にはコーヒーカップがありました。

「ぼっちゃん、具合はよくなりましたか?」

「うん、ちょっと背中が痛むけどね。でもどうしてボク眠ってたんだろう?」

「風邪をひいたのです。丸二日寝込んでいたのですよ」

 そういってチャールズはボクにコーヒーカップをくれました。

「これはカプチーノです。わたしたちロボットは、みんなカプチーノを作るのが上手いんですよ」

「へぇ、そうなんだ! なんか不思議だね、コーヒーが得意だったなんて」

 それはたしかにとてもおいしかった。

 いいにおいがして、やわらかな味がしました。

 ボクはカプチーノを飲みながら、不思議な気分になっていました。

 なにかが抜け落ちているような感じでした。

 なにか心の中に、ぽっかりと穴があいているような、そんな気分でした。


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 でもそれが何かはどんなに考えてみても思い当たりませんでした。

 そのうちボクはそのことを考えるのをやめました。

 考えてみてもどうにもならない気がしたからです。

 明日はまた学校があるし、モノだっていてくれるし、チャールズはおいしいカプチーノを入れてくれた。

 それだけで十分幸せな気がしました。


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 こうしてボクの冒険は終わりました。

 でも本当はここからいろんなことが始まったのです。

 そもそも記憶を消されたボクがなぜそれを知っているのか?

 それが不思議だと思いませんか?

 答えを書いておくと、それはカズンが教えてくれたからなのです。

 ということで、続きはまた明日にします。

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