【手帳の中の物語 ②】

『◭ボクの子供の頃の話』

 

 今日はボクの子供の頃の話を書こうと思います。


 でも実は子供の頃の事をよく覚えていません。

 ただなんとなくあの頃は、熱にかかってうなされているうちに過ぎ去ってしまったような感じなのです。すべてがあわただしくて、ボクもそれについていこうとモガイテいて、気がつくと頭がボンヤリとかすんでいる。

 ずっとそんな感じでした。


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 その原因はじつはハッキリしています。

 チャールズによると、ボクは『多動症』なのだそうです。


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 ちなみにチャールズはお手伝いロボットですが、同時にボクのお医者さんでした。


 チャールズは他のロボットたちと同じように、掃除や洗濯をしてくれて、美味しい料理をしてくれて、お皿も洗ってくれて、とにかく生活に必要なことは全てやってくれます。しかもそれだけじゃなくて、必要とあらば風邪の治療から外科手術まで、何でもやってくれるのです。


 チャールズなしではボク達家族は一日だって生きていられなかったと思います。


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 そのチャールズが教えてくれたのですが、アトランティスでは時々、多動症の子供が生まれているそうです。昔はとても珍しかったそうですが、今のアトランティスでは昔の十倍位の割合で生まれているそうです。


 その多動症の特徴の一つに、動いていないと気がすまないという性質があります。ボクの場合、思った事はすぐ行動に移さないと気になって気になって頭がおかしくなりそうになるのです。


 そしてボクはさらに困ったクセをかかえていました。


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 ボクには小さい頃から、緊張したりストレスがたまると、自分のアタマを気絶するほど強く殴ってしまうクセがありました。

 それもストレスが強ければ強いほど、まるで調子の悪い機械を蹴っとばすみたいに、頭をたたきたくなるのです。

 たいていは目の中で銀色のきれいな火花が飛び、時には本当に気絶したりします。それはすごく痛いけれど、それをすると本当に気分がスッキリし、気が済むのです。


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 忘れられない思い出があります。幼稚園生ぐらいの時の事です。

 ボクはトランプでピラミッドを作っていました。隣ではチャールズが猫の『モノ』を押さえて座っていました。

 何度かチャールズに幼稚園に行くように言われていたのですが、ボクにはピラミッドを完成させる事しか頭にありませんでした。

 たぶん丸二日位はそれに挑戦していたはずです。


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 最初はあまり上手くいきませんでしたが、チャールズにコツを教えてもらいながら、どんどんと積み上げていきました。

 そしてついに最後の一段までたどりついたのです。ピラミッドはもうボクの背と同じ位の高さになっていました。

 そしてボクの手には最後の二枚のカードがありました。

 ボクは右手だけで二枚のカードを三角の形にし、少し手を震わせながら、てっぺんに手を伸ばしました。

 その時、アレがやってきたのです。


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 急にボクはゲンコツで自分のアタマを殴りたくなってきたのです。あとでやればよさそうなものですが、どうしても最後の一段を積む前にやりたくなったのです。

 そうなるともう気になって気になってしょうがなくなります。しまいにはそれをやらないとこのピラミッドは絶対に成功しない、と思うようになりました。

 ガツンとやって、スッキリして、それからこれを完成させればいい!


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 で、やっぱりボクは自分のコメカミを殴りました。

 目の前に銀色の星が飛びました。当たり所がよかったのか悪かったのか、視界がぐらりと揺れ、腰がぬけたようになり、もう立っていられなくなりました。

 そしてボクは自分の体が、積み上げられたトランプのピラミッドの上に倒れていくのを感じました。

 ボクの体の下で、柔らかいピラミッドがバタバタと倒れていきます。ああ、あんなに一生懸命、積んだのに、とそう思いました。

 でもそれ以上にボクの心はスッキリとして、とても幸せな気分でした。


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 これと似たような事がボクにはいっぱい起こりました。

 テストの時なども、問題用紙を一通りみて、全部解ける! これなら満点だ! そう思った瞬間、またアレがやってきて、ボクは自分のコメカミを殴ってしまい、名前も書かないまま0点になったりしました。


 体育でテニスをやった時もそうでした。ボクは父からテニスを教えてもらった事があったので、クラスでは一番上手い選手でした。

 でも試合ではいつもビリでした。

 だいたいは相手を一方的にマッチポイントまで追いつめるのだけれど、最後の一打になるとアレがやってきてしまうのです。

 ボクはラケットを見つめ、ボールではなく自分のアタマをたたいてしまうのです。

 だから結果はいつもボクの負傷退場で終わってしまいました。


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 でも、どんなに失敗を繰り返しても、ボクは自分の幸福の中に倒れこんで、幸福の中で気絶していたのです。

 ボクはそういう子供だったのです。


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 そういうわけで子供の頃は、学校の先生に怒られてばかりいました。父や母が学校に呼び出されることもしょっちゅうでした。

 でも大抵はチャールズが学校に来てくれて、先生に(もちろん先生もロボットです)ボクの多動症のことを説明してくれました。

 ボクはチャールズに手を引かれて、学校から二人で帰ってきたときのことをよく思い出します。チャールズの手はいつもひんやりしていたけれど、とても優しくて大きな手でした。


「チャールズ、ごめんね」

 ボクはいつもそういいました。

 本当に悪いと思っていました。

 でもチャールズはいつもこういってくれるのでした。


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「いいのですよ、坊ちゃん。ですが、多動症というのは悪い面ばかりじゃないのですよ。昔の『天才』と呼ばれた人たちには多動症の人が大勢いたそうです」

「でもさ、ボクは天才じゃないよ?」

「これからそうなるかもしれません。坊ちゃんも知っているでしょう? この国を作った二百人の天才科学者のことは」


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「うん。学校で勉強したよ。彼らは科学の力で、戦争をなくし、自由をもたらし、真の平等を作り出したんだよね」

「そうです。彼らのような天才たちがいたから、われわれはこうしてユートピアに暮らせるのです」

「ボクもすごく尊敬してるよ」

「坊ちゃんの中には彼らの血が流れているのです。わたしのメモリーにも彼らの知識が流れています。多動症というのも、彼らから引き継いだ大切な遺産なのかもしれません」

「本当にそうだったらいいな。ボクも天才になりたいよ」

「なれますとも。坊ちゃんには私がついています」

 チャールズは本当に優しかったです。





 また裁判官の人が来ました。今日は人間の人です。

 前の作文はとてもよく書けているとほめてくれました。

 今日の作文はここまでにします。

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