第33話 迎えにいくから

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 ノブルのすぐ横で眠りについていたノイ。


 ――身近な人間と接触している最中は、互いの脳波は大小の度合いはあれど共鳴する。

 ノイもその例に漏れず、ノブルのθシータ波の脳波に共鳴し、軽い変性意識状態に陥っていた。



 ……あれ……

 ノン君の気配がする。

 すっごく久し振りに、すっごく近くで感じるよ。それに懐かしい感じ……うれし。


 ――ん、でもなにかちょっと違う?

 もしかして、今はノン君が思い出してくれようとしてる最中なのかなぁ。

 なんか変な感じ。それになんだか辛そう……。

 あ、そういえば。

 さっき言葉にしてくれたけど、愛してくれてる、って、いつもちゃんとわかってるんだよ?

 ……でも、ここじゃあ――あたしのとこまでそれがなかなか、届かないんだぁ。

 あたしは~ほら、ノン君の愛が無いと、生きていけないからさ。


 ……よし、もっかい連れ戻しにいってみよう。

 もしかしたら、今なら話、ちゃんと聞いてくれるかも。



 ⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡ



 階段を降りきったその先にそびえ立つドアのノブを、ハイアーセルフに言われるがまま躊躇することなく開け、またしても異次元空間に吸い込まれていったノブル。


「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ――」


 ……俺はドアを開ける事で、『ノブル』として生まれる前の俺へと向かう道へ足を踏み入れているのだという。――その先の光景はというと、もう、なんていうか……俺の理解出来る範囲を大幅に超えていた。

 さっきまで通ってきた異次元空間に広がっていたものと同じく不思議な風景を見せられているのだが、さっきよりも物凄く早く見えたり、逆にゆっくりと反対方向に模様が流れていく感覚。更に言うならば物凄く早く前に進んでいるのに、視覚的にはゆっくりと逆再生されているような……、どれもありえ無さ過ぎて、うまく表現するどころか自分が何を考えているのかすらもわからない。


 俺の理解出来る範囲なんていう物差しはもはや関係無いんだなと思わせられるような、酷く無機質で乱暴な感覚に振り回されている。俺は無駄な努力はしない性分なんだ、そう思い途中から理解をしようとする事をやめた。



 ――あっ!

 あっ、あっあっやば・・・あっ


 んぐァッ!!


 急にこみ上げて来る嘔吐感を抑えることが出来ない。それは第三ステージで『神の肉』を食べた時の通過儀礼を遥かに超えるものだった。

 あぁ駄目だ、今回は我慢できない……ギブ……ッ!

 そうして俺はついに我慢しきれずに、口から土石流の如く大量に吐き出してしまった。


 ――おびただしい数の人間を。

 はァ? ……えっちょっと待ってくれ、なんだこれぇぇええ!? 俺の口から、ずるずると物凄いスピードで止めどなく出てくる人間。


 に、人間!?


 ずるずるずるずるずるずるずるるるッ

 そしてそいつらは――俺から吐き出された人間達は口の中から出てくるなり、とても慌てた様子で一目散に逃げて行く。それも大声で悲鳴を上げたりしながら。


 ええええなんだよ、ってか、誰なんだよお前ら……。俺は吐き出す苦しさのあまり涙を流しながらただ呆然とそれを眺めていた。

 嘔吐感の方はというと、治まるどころか――より激しくなっていく……ッ!


 ――ゲエエエエエエエエエエッ!

 また強く込み上げてくる波を感じ、それを思い切り吐き出した。すると……今度は人間だけでなく、猿や象、ライオンやシマウマ更にはイルカやシャチ等の哺乳類。ワシやオウム等の鳥類、ワニやトカゲ等の爬虫類といったありとあらゆる生物が喉の奥から絶え間なく飛び出て来る。


 ぐあああああああああああああああッ――

 その吐き出す勢いはまるで、あらゆる内臓やら何から何まで体の中身を全て吐き出してしまうんじゃないかというくらいだった。いつまでも続くその状況に膨らんでいく恐怖。背中を上から下まで何往復も走り抜ける強烈な悪寒もどんどんと激しさを増していく。


 まだ出てくるよ、俺の体の一体どこにこんなん収まってたんだ。

 そしてどの生き物も現れるなり、きまって物凄い勢いで四方八方に逃げ出して行く。なんだよ、何から逃げてるっていうんだよ。そんなに俺が気に入らねえっていうのか……「ウグッ!?」


 え……嘘だろ……これは無理だって……

 突如、先程までとは比べ物にならない程の吐き気と痛み。反射的にそれを抑えるべしとひたすらに唾を飲み込もうとするが、喉仏こそ下がるもののそんなものは全く意味を為さない。

 やがて物凄い激痛を伴い、胸のあたりを通過する異物感。

 ギ、ギギギギギ……。


 苦しい、苦しい痛い苦しい! 体が裂けちまう!! 助けてくれェェ!!


 しかしそんな意に反して、次第にゆっ……くりと喉を通過して出てきたそれはとてつも無く巨大な――




 ――――――恐竜だった。


「ヒッ……」

 それもこいつは、ティラノサウルスだろう。図鑑でよく見たっけ――ッ?


 あれ? あっああああ……

 俺は何か遠い記憶が蘇るような感覚と共に、その影響からか今まで自分を支えていた、大事な線のような物がプツンと切れてしまったような感覚を覚える。

 そうして――


「う…………うううわああああああああああああああああああああ!!!!! あああああああああああああああああああああ!!!!! ああ!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!

――ごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいい、いいいい……すいませんでした!! 本当に!! すいませんでしたァ!!!」

ティラノサウルスを前に、半狂乱で必死に土下座して謝る俺。客観的に聞こえてくる自分の声は、自分でも引くくらい、一言で言うと精神を壊し頭がおかしくなってしまった人のようだった。


「…………」

 ティラノサウルスは見下す形で、何をする事も無くただ俺の事を黙ってじっと見ている。どれだけそうしていたんだろうか。


 高次の俺が、口を開いた。

「――ノブルさん。あなたは既に自ら、思い出しているようですね。あなたが、その目の前の恐竜にどんな仕打ちをしたのか……」


「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい」

「既にあなたもお察しの通り、この地球上の生物は全て、あなたが作ったのですよね。長い年月をかけて、様々な生き物が生きていける環境を構築されましたね。とても尊くて、素晴らしい事です。――ところが、その過程において恐竜の繁栄が成熟した結果、世界があまりに恐竜優位になってしまった事に対してあなたは後悔と不満を覚えたようです。あなたが思い描いていたようには、うまくいかなくなってきました。

そこであなたが決断した選択は、そうした世界に対する、リセット。それも隕石衝突なんていうあまりにも強引な理由をつけて、『恐竜だけ』を絶滅させてしまいました。

そうしてまた、あなたは同じ過ちを繰り返さぬよう、あなたにとっても世界にとっても都合のいいような世界を再構築することに決めました。そうですね?」


「……間違い、ありません」


「それで、その後の世界の事ですが……恐竜を絶滅させた意味は、何か変わりましたか?」


 高次の俺のその言葉によって、俺はいつだかと同じように、パッ! と四方八方に砕け散った――いや、砕け散ろうとした。しかし得体の知れない力によってそれは阻止され、はじけた俺のかけらは再度集まり俺の形を元通りにする。もう、何も返す言葉なんて――出て来なかった。


「あなたは同じ過ちを繰り返さぬよう、自分自身に宿題を課していたはずですが……」



 ………………………………。

 ………………………………。

 ………………………………。



 沈黙、長い静寂。そんな中――ティラノサウルスが口を開いた。

「えーっと、もしかして……まさか、またうまくいかなかったのかい?」



 うわ、君、喋れたのかぁ……。そんな事を思いながら俺が言葉に詰まっているとふいに、どこかで聞き覚えのある声が俺の代わりに返事をする。

「――そうなんだよ~。優劣の無い世界にするだなんて、嘘っぱちだったんだ。結局また途中で手抜いて、バランス調整なんかてんでしてくれなくて……僕みたいな出来そこないが泣きを見ている世の中なんだよ~、キシシ!」


「そっかぁ。しかしうちだけだよね。こんなにうまくいってないのって」

 ティラノサウルスは悲しそうに言った。


「……てかさ~、今だって、解脱したんじゃないのかよ? 会話のレベル低すぎねえお前? キシシシ!」


 うるっせえ……お前って、誰に向かって言ってんだよ。


「どなたか存じ上げませんが、私もそう思っていた所です。ノブルさん、あなたの意識はもう、神の領域に達してないとおかしいはずなのですが……」


 んだよ、出来そこないあつかいかあ? ……気に入らねえ……

「あ、もしかして怒った? そのまま本当の姿を見せるのかい? いいけど、それって逆ギレだよね? また隕石落とすの? ほんとワガママだな~キシシシ!!」


 ああ、もう逆ギレでもなんでもいいわ。お前ら全員気にいら……

「ノーン君っ」


 俺がキレかけて我を失う直前で、聞き慣れた声が空間に響き渡る。後ろを振り返ると、この空間に外から両手を突っ込んで左右に引きちぎったような形で、ノイが顔を覗かせていた。


「ノ、ノイ……お前……」


 ノイは空間をそのままビリビリと、自分が通るのに不自由が無い程度まで引き裂いた。俺を見るその顔には笑みを浮かべているが顔色は悪く、なにより顔のヒビが更にひどくなっていた。


「ねえみんな、なに人の彼氏いじめてんのさ……調子乗っちゃって。ノン君、迎えに来たよ~、取り合えず、ここから目さまそ? 辛かったでしょ、一緒にかえろ~ほらみんな待ってるよ」


 俺はノイの言葉を聞いてまた泣きそうになった。んだよ、情けね~な俺ってやつはよ気持ちわりー。

「ヘヘ……そそ、いつもの調子★ 気持ち悪くなんてないよ!」


 な、なんだよ……心の声を聞くなって。


「でね、ノン君。そいつは本当のノン君の姿なんかじゃないよ、ノン君を苦しめる悪魔なんだから……あたしが消してあげるんだから」


 ノイがそう、言い終わる頃には高次の俺は目から血を流し、叫び声によく似た音を出しながら内側から弾け飛んだ。


 コーリはというと、いつの間にか完全に気配が消えている。


「はぁっ……ノン君にちょっかいだすなんて、んっ、次はただじゃおかないんだからね……はぁっ」

「おい、ノイお前大丈夫かよ!?」


 ノイは具合悪そうに、俺に寄りかかる。

「ちょっと、頑張りすぎちゃったかも……ヘヘ」

「おま、馬っ鹿……」

 俺はノイの顔を見てまた涙目に……我慢しろ俺――


 ――バギィ!

 そこで、ノイの顔に更に大きな亀裂が入った。

「わあぁ、ノイィィーッ!」俺はそう叫び顔を歪めて、そのまま泣きべそかいてしまった。

「ノン君どうしたの~? 寂しかった? よしよし」

 ノイが俺の頭をなでる。馬鹿、そうじゃなくて……。


 ガイダンスロボの声が響いた。


「緊急ミッション、クリアーです。これより、第四ステージに戻ります」

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