第25話 清らかな気持ちの原因は読んで字の如く

「……んっ?」


 先ほどのミッション通達の後から、視界の右下の方に固定されているデジタル表示に気がついた。1/10000と表記されている。それはどこを見ていても位置は変わることなく、くっきりと確認できる。


「げ! なんだこれ!?」


「えーあたしもなんか見えてる! 右下でしょ!? やだー」


 てんぱる俺らをよそに、エラが口を開く。

「ラクタヴィージャの討伐数だと思うよ。今1体倒してるから、残りは9999体ってことだね。」


「そうかそうか、随分御丁寧なこった」


 そんなやりとりを見て黙って待っているワケもなく、ラクタヴィージャが動いた。

「さてと」「アムリタを」「渡してもらいましょうか!」


 そう言って二人のラクタヴィージャが俺達に迫って来る。


「いやいや、二人で交互に喋ってんじゃねーぞ、双子芸人かよ」

「ふざけてないで! 油断は禁物だよ」

「ん、わかってるっつーの!」


 一人は俺めがけて走ってくる。

 ここに来て肉弾戦かよ、と思った俺は殴りかかってくる相手の攻撃から身を交わし、そのまますぐさま相手の背中に集中する。するとラクタヴィージャの背中はみるみるうちに膨らみ、ドバアッという音を立てて内部から皮膚を突き破り破裂した。

 うわっ、自分でやっといてなんだけど、気持ちわりいな。


「へへ、俺も段々力の使いか……ってうおい!」

 もう一人のラクタヴィージャがノイ目掛けて襲いかかっている事に気付いた。そっちかよ! やばい間に合わないぞ!


「ノイーッ!」


 ノイはラクタヴィージャをまっすぐ凝視していた。

「来ないでッ!!」

 ノイは手を頭上に上げて、勢いよく振り下ろす。


 ドムッ!

 次の瞬間――ラクタヴィージャはまるで大きな岩にでも潰されたかのように、その場でペシャンコになった。その死体は……おえっ、とてもじゃないけど見れたもんじゃない。


 俺は呆気に取られて、エラの方を見た。

「ノイちゃんだってちゃんと脳力を使いこなしているよ。ノブル君も負けてられないね」

 チッなんだよ、なんかおもしろくねーな。


 その時点で、右下の表示は3/10000。


 2体のラクタヴィージャからまた新たなラクタヴィージャが生成されていく。エラが倒した時よりもハデにやったせいもあって、一気に20体程に増える。


「き、気持ちわりーなこいつはよ」

「3人で背中合わせの形でなるべく死角を無くすんだ、いいね」

「もーやだー! ……でも頑張る!!」



    ×



 そうして力を合わせて次々と増えるラクタヴィージャを倒していく。

 俺が危なっかしい様子を見せた時はエラがフォローしてくれたおかげでなんとか成り立って、順調に殲滅していった。

 そして、倒した数が500/10000を超えた時に、突如アムとリタの声が聞こえた。


「さてそろそろ仕事するぞ、アム」

「……うん……ふああ」



 おっとついに来たか、待ちくたびれてたぜ。意識の変容が待ち遠しかった俺は、その二人の声を聞いてワクワクしてきた。


 そうして、

「まずお前は俺だ」

 リタの声が脳内で聞こえた気がした。そして次の瞬間。


 ――ビキビキビキビキビキッ!!

 背中から首の付け根、後頭部あたりにかけて、神経から物凄い音が聞こえてきた。

「あああああッ!!」

 思わず仰け反って、声を上げる。


 ――パキィィィィィイイインッ

 そうして、音を立てて瞳孔が一気に散瞳。俺の中枢神経が怒っている。もっともっと活動させろと。やがて全身の細胞が総て一斉に入れ替わったような爽快感と、溢れ出んばかり力の漲りを感じ、もはや抑えることが出来ない。

「な、なんだこれェーッ!?」

 ドッドッドッドッドッドッドッドッ

 今まで聞いた事が無い速さの鼓動を、まるで耳元で聴いているかのように大音量で感じる。

 うるっせェェェェエエエ俺の心臓!!!!

 うわああ!!!! めちゃくちゃソワソワしてきたぞ。


 そして死の体験の時同様、周りの物が全てゆっくりに見えた。

 ただ以前とは大きく異なるのが、自分の動きはゆっくりになっていなかった。


 ゆっくりゆっくりと迫ってくるラクタヴィージャ。俺はその光景を見て、思わず笑みがこぼれ出す。

「なんだお前ら!? そんなチンタラ動いてやる気あんのかァ? なあエラ? ノイ? そう思うだろおおお?」

 俺は上ずった声でヘラヘラしながら二人の方を向く。すると――

 二人はその場で横になっていた。どうやら寝ているようだった。

「…………。」


 おっとボーっとしていた。お前ら何寝てんだよしょうがねえなあ俺がお前らが寝ている間にミッション終わらせといてやるよ今の俺だったらできるできるぞよおおし!!


 そう意気込んで、俺は二人に激を飛ばす。

「よし、お前ら!! この調子で残りもやってやろうぜ!!」


 俺は上ずった声でヘラヘラしながら二人の方を向いて言った。

 二人はその場で横になっていた。どうやら寝ているようだった。

「…………。」


 そうだそうだ。あいつらは何故か寝ているんだった。

 物凄い集中力が、力を持て余し暴走している。さっき考えた事や見た事をすぐさま忘れては次の事に神経を張り巡らせているような状態だ。


 ラクタヴィージャは動きこそゆっくりだが、俺がモタモタしているせいで俺達三人のすぐ近くまで迫って来ていた。


「よーしそれじゃあいっちょやってやるぜ」

 俺は分散された鋭い集中力の影響で自分の服に付いている糸くずやホコリ等が非常に気になり始め、それを一つ一つ取りながらようやく討伐に動き始めた。

 そう、まさに光の速さで。



 とととととととととととととと



 まさに読んで字の如く、清らかに覚醒していく俺。

 俺と寝ているエラ、ノイにとてもゆっくりとしたスピードで近づいてくるおびただしい数のラクタヴィージャを俺は一人で光の速さをもって一網打尽にする。



 素早くなったのは動きだけでは無かった。頭の回転も物凄く早くなり、次から次と思考が飛びまくり――まるで暴走するジェットスキーのように制御が効かない状態だ。


 俺はそのような状態で全ての事象に意識を向ける。

「より美しく倒すにはどうしたらいい? 角度はこうか? それともこう? 対象を爆発させる時は手前側と後ろ側どっちに弾けさせるのが臨場感が出る? ってか美しくとか何? 俺何言っちゃってんの? ハハッ!!

……さてこのラクタヴィージャだが、弱過ぎてつまらないからこいつの血しぶきを全て避けながら殺し続けるゲームでもしよう、あもうかかっちゃった。いやさすがに無理があったか。

てかノイこんな所でそんなだらし無い格好で寝てんじゃねーよ風邪ひくぞ、いや砂漠のこの気温じゃ風邪はひかねーかな、いやまあどっちでもいいけど足は開くんじゃない閉じておけ。仕方ねえな俺が閉じてやるか。それよりもより美しく倒すにはどうしたらいい? 誰に聞いたらわかる? あの照りつける太陽に聞けばわかるかな? おい太陽、どうやったら美しく相手を倒せるんだ?」


 俺はうわずった意識状態で、そいつに聞いてみた。すると――


「そんな事気にしなくても、お前は十分美しいよ」


「うわあああ! 本当に太陽が返事した!! しかもベタ褒め!! ギャーハハハハ!! 腹いてー!!」


 物凄く変なテンションで、俺は笑い転げた。

 その時、右下のカウントはその時4790/10000。


「おお俺一人であともう少しで折返しじゃねえか。楽勝だな……」


 そう口にした矢先。

「そろそろバトンタッチだよ~……」


 突如アムの声が頭に響いた。

 そして次の瞬間――でかいハンマーで頭を殴られたような衝撃が走る。

 視界がグワングワンする……足元がおぼつかない。


「我慢しないでねちゃいなよ~、寝ないで起きてると記憶飛んじゃうんだよ~」


 いやだってよォ、俺が寝たら全員寝ちまってあいつにやられちまうじゃねーかよ。


 頭の中でそんな会話をしていると、向こうでノイがむくっと立ちあがった。おおノイ、目覚ましたのか。リタの脳力の影響なら俺このまま寝ても平気か~……


 するとノイは起きるやいなや、俺の方を向いて鋭い目つきを向ける。

 え、何? 俺なんかした? 怖いんですけど。


 すると物凄い勢いでノイは俺に近づき、

「ノン君? あなたあのリタちゃんってコにあんな事されたのね?」

 俺はワケがわからず、

「えっ? えっえっ何?」

 とにかく慌てて理解不能アピールをして見せる。


 やがて――ノイの怒りに合わせて周りの空間がズズズと禍々しく歪む。そしてまたノイが口を開く。


「あたし、リタちゃんにキスされて目覚ましたんだけど!!」


「ええぇ!?」


 そんなやりとりをする俺らの周りにはドーム状のバリケードができ、近づいてきたラクタヴィージャ達はそのドームに触れた途端に消滅していく。

 どうやらこれはノイが無意識に作りだしているらしい。


 5241/10000


「されてないされてない!! あいつの声が聞こえたと思ったらすぐに力がみなぎってきて……マジで何もやりとりなんかしてねえから!!」

 俺はボーっとする頭で必死に弁明する。


「じゃあなんであたしはキスされたのさ!?」


 俺はぼけぼけした頭のまま必死に考えた。そして、無数にある答えの中から、偶然にも一つの答えを導き出した!!


「……そうか、わかった……リタ……あいつはレズだ! レズ!!」


 ……………………。

 俺も自信満々でこんな事をいう自分を疑ったよ。でもそれしか答えが無いんだって。ノイも一瞬思考が停止したようだが、すぐ我にもどった。


「は!? ノン君一体なにゆってんのよ!?」

 想像通りのリアクションを見せる。しかし俺も必死にぼやける頭で捲し立てるように続ける。

「いーや、それしか考えられないだろ!? ……俺は実際に何にもされてねえしさ! それにリタはー……がさつそうに見えるけどアムと二人でいる時はあもばんだなんて愛称で呼んでるらしいじゃねえか、いわゆるツンデレってやつってことだろ? 最初にそんな話してただろォ……。

あいつらだってデキてるんだろ、だからお前がちょっかい出されただけで、俺は何もされてねえから!! レズだよレズ!! レーズ!!」


 俺が必死に弁明しているところで、あいつらの声が聞こえる。

「ありゃ~リタりん、バレちゃってるねえ」

「おい! アム余計な事言ってんじゃねえぞ蹴られてえのか!?」

「その前にリタりん? つまみ食いはよく無いよ?」

「ゲッ!? ……アム、ごめん」

「もう知らない」

「ごめんごめんごめんごめん~」


 てめえらなんつう会話してんだよ。

「ほらなノイ? そういうことだから俺はなんにもして……」

「……なんでアムちゃんはリタちゃんにやきもちやくのにノン君はやいてくれないのさ……」

「えっ」

 いつの間にやら論点がずれている。

「つまんない!」


 ノイがそう言うと、周りの空間がおもいきり歪み始めた。俺達を中心に、周りの砂が強く沈んだり噴き出したりしている。

 あわわわわわわ……

「ノン君は言い逃ればっかして、私のこと愛してくれてないんだ……?」



 ノイがそう言うとなおも空間は歪み続け、ドームの外にはカミナリが物凄い音を立てている。


 ひいいいいいいいいなんだよこれえええええ!! ってか言い逃れなのかこれは!?


 そこでいつの間にか目を覚ましていたエラが口を開く。


「凄い……ノイちゃんは二つの特化型脳力を持てる『ギフト』持ちだったのか。アリスだけでも十分凄いのにこんな力まで……素晴らしい……ッ!」


 いやいや目ェ血走らせてなに感動してるんだよ!


 その間も、ノイは相変わらずブチギレている。

「私の事ッ……愛してくれてないんだあああああーッ!!!」


 特大のカミナリが落ちる!

 バリバリバリ……ズドオオオオオオオオンッ




 7243/10000

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