変性意識上のアリア ~Air on ASC~
SATAカブレ
第1話 本日、人知を超えた存在が誕生する。
――なぁ。
結局、一体どうすればよかったんだろう。
一眠りして、夢でも見て忘れてしまおうか。
*変性意識上のアリア*
「――――――ハイ! みなさん、おめでとうございます!! 今ここにおられる皆様は、長い人類の歴史における最も重大な1ページ、人類史における新たな幕開けのジューヨーサンコーニン、ってあれ違うか、えーとにかく人類の新たな門出に立ち会う権利を与えられた、選ばれた人物なのです!!」
……フン、なんだかうさんくせー挨拶だな――なんて、場の空気を共感する気が無い俺も俺で、なんてかわいくねー参加者なんだか。
今日は日曜日。普段ならまだ家でぐっすりと寝ている時間なんだけど――――家に届いた一枚のハガキから、俺はこの催しに招待された。
なんでもそのハガキによると、『様々な体験を基に、人間の本来の才能や能力の開花を実現する最新の技術』を誰よりも早く体験するモニターメンバーとやらに、全国民を対象とした一般抽選で見事に選ばれましたよって事らしい。いかにも怪しい内容だが、なんでも国を挙げて力を入れているプロジェクトだそうだ。そういえばニュースでもやってたっけ。
今はその超体験とやらが始まるのを、汽車の中を模ったかのような形をしたこの『SPACEBABY MEDITATION』という巨大な装置の中で半個室の座席に着き、前方に立っているスラックスにサスペンダー姿の見た目いかにも胡散臭い男の挨拶を聞きながら待っている。
各参加者全員がそろいも揃って手首と足首に管の付いたベルトの様な物を巻かれ、頭の上には美容室でパーマをかける時に使うマシンのようなものが自身の後ろ側から被さる形で設置されていて――これがまたいかにも怪しい。マシン内部からはカラフルな原色の管が伸びており、それがジェルを伴ったパッドで額やこめかみ、耳の後ろ辺りにいくつも貼り付けられいる。その状態はなんとも窮屈で、不快以外の言葉が見当たらない。
にしても朝はえーっつーの……早く終わらせて帰って酒でも飲んで寝てえ。
しばらくすると目の前の胡散臭い男が一つ咳払いをして、少し改まったような雰囲気で口を開いた。
「申し遅れました。私は今回の超体験の水先案内人でありこのSPACEBABY MEDITATIONの乗務員、ディオニュソスと申します。あなた方にはこれから、このSPACEBABY MEDITATIONでの旅を通じて神の領域へと繋がる超体験をしていただきます。
一度発車しましたら皆様の思考や精神といった内面の世界を遥かかなた隅から隅まで超高速! 超特急! 正に急転直下で走り抜けます。
……そうして、皆さんはこの体験を通じて
何かを得るかもしれません。何かを失うかもしれません。
何かを得ようとしていただいて、かまいません。
何かを得ようとしていただかなくても、もちろんかまいません。
ただ……あなたがたの体験全てが、あなたがたにとってもこの世界にとってもかけがえのない物になります。そして全ての体験を終えた後のあなたは人知を超えた、人類の枠組みを超越した存在になるのです」
いや、話なげーから。なに勝手に一人で感動に打ちひしがれてんだよ、ったく……――なんて思っていたら、この汽車みたいな形の装置がウオオオオオオと唸り始めた。
装置のシステムが起動したようだ。演出かもしれないが――そろそろ始まるのか? なんだか知らないけど急に物凄くワクワクしてきたぞ……。溢れてくる感情が止められず、思わず身悶えする。
「さあ皆さん、もうお分かりですね? 間もなく超体験がはじまろうとしています!
私も先程から感動の涙が止まりません!!
ああ!! 神様!!! 今日の日をありがとう!!!
それではみなさん!! SPACEBABY MEDITATIONの発車準備が!! 整いました!!???
嫌だ!!!??
それでは私の出たときの頭は元気です!!??
よし!! シュッパああああおおおおおおぎああああああああおあアアアア!!!!」
満を持してSPACEBABY MEDITATIONは出発した。 それと同時に、出発時に起こった様々な感情の増幅に耐え切れなかったのか、目の前の男ディオニュソスは精神を壊し断末魔の叫びを上げ、その場に崩れ落ちた。
そしてあったかい空気にぶわっと包まれて、俺も意識を失った――――。
とととととととととととととととととととととととと
とととととととととととと――なんだ? ずっと聞こえてくる音に気付いて、俺は目が覚めた。
あれ、さっき喋ってたやつ、死んだ? もしかして俺も死んだのか?
とととととととととととととととととととととととととととととととととと
なんかずーっと聞こえてくる。
いや、もしかしたら、最初から聞こえてたかもしれない気がしてきたかもしれない。
生まれた時から聞こえてたかもしれない。
「とととととととととととととととととととととととととととととととととと
とととと」
やべ、今のは俺だ。つられて俺が口走っていた。
ととと、とととと。止まらないぜ。なんだ。おかしくなってきた。
あははははは!!! なんだよととととって!!!
ととととと!!!!
あはははははとととととととととと
「よ う こ そ第一ステージへ」
ってうわ!!!!!
いきなり声が聞こえてきたもんだから心臓がとと止まるかと思ったじゃねえか。
「音楽はとても素晴らしいものです。今あなたに聴こえている音はあなたの生命の音です。それは常日頃、あなたの命から発せられている音です」
ヘェ。
「音楽は生まれながらにして持ち合わせた人格であり、哲学であり、宇宙です。あなたは今この聴こえている音楽に、もっとよく耳を傾けるのです。あなたの世界に向き合ってください」
あァ。
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと……
あー。
ずっと聴いているうちに、なぜだかどんどんいい曲に聴こえてきて、しまいには壮大なオーケストラでも聴いているような気分になっていた。その、次第に曲になった音は、体に自然に、いくらでも馴染んでいく。あまりにも素晴らしくて、自然と涙が出てくる。しかしこの曲、どこかで聴いたことあるような……あーあー、この曲はあれだぁ、父さんが昔好きでよく聴いてた曲だ。
懐かしいなぁ。なんだかとても幸せな気分になった。あはははは。そのまま何ヵ月の間、その音楽を聴いていたんだろう。
――気付いたら、俺はその音楽そのものになっていた。
……って、そんなことってあるかァ?
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