第5話 狂。
「ルカさん、次のご指名でラストでーす!ご新規さんです!お願いしまーす!」
「はい。」
あたしは煙草に火を灯して、スタッフの無駄なハイテンションに苛々するのを堪え、ディオールのピンクのグロスが落ちた唇から重たい煙を吐き出した。
次の客を迎えるためのプレイルームのスタンバイも出来ていないままで、そこらじゅうに濡れたバスタオルが散乱し客のための灰皿はあたしの煙草で溢れ返っている。
たった数時間、出会ったばかりの男と時間を分け合えたくらいで、その時間をセックスという瞬間に費やしたくらいで、こんなにも心が乱れ砕け散りそうだなんて風俗嬢失格だ。
あたしは煙草をぐしゃぐしゃに揉み消して、メイクを直し、バスタオルの補填や床に零れたシャワールームの水滴を拭きスタンバイを始めた。
あたしはここにいる限り「ルカ」として生き抜いてミスがひとつもない100パーセントのサービスをして働かないといけない。
風俗業界に染まっているこの8年間で、あたしが誇らしく掲げられるのは、この風俗街で一番の高級店の看板嬢として、ナンバーワン嬢として生かされていることだ。
ちょっとセックスしただけの男のせいで、あたしの折れずに揺らがずに潰れない信念が保てなくなるなんて馬鹿馬鹿しい話。
「ルカです。スタンバイ出来ました。」
「はあーい!すぐお客様お連れしまあーす!」
苛々する。
あたしはスタッフにコールをして、カーテンで仕切ってあるエントランスまで胸元が強調されたパープルのドレスの裾を持ち上げて急いだ。
「ルカさんご指名のお客様です!いってらっしゃいませえー!。」
「ご指名ありがとうございます。ルカです。」
客はプレイルームに移動するなりドレスを破れそうな勢いで剥ぎ取り、痛いほどに執拗な愛撫が始まった。
潤滑ゼリーを詰め込んでいるのに膣が乾いてしまうほど、あたしは気持ちを切り替えられず、指を無理矢理入れられ、耐えきれずに涙が零れ出した。
感じていると勘違いする客はどんどんエスカレートしていく。
あたしは嗚咽しながら喘ぐ度に、あの夜を、レイの優しい目を、そしてとても温かい優しい涙を思い出す。
会いたい。会いたい。会いたい。
「すごく良かったよ。ルカちゃん。キミはとても感じやすいんだね。」
自分のテクニックを駆使して泣くほどに満足したんだろうと勘違いしている客は不気味な笑みを浮かべて趣味の悪い色使いのドット柄のネクタイを締めた。
ふざけんな。
あたしは今すぐに、あんたの首をそのネクタイで絞め殺してやりたい。
エントランスまでの螺旋階段。
あたしは店でマニュアル化されている腕を組みディープキスをする行為さえ気持ちが悪くて出来ず、黙ったままでカーテンの向こう側にいるスタッフにパスした。
「お客様お帰りです。」
「ありがとうございました。」
「是非またいらしてくださいね。」
テンプレート。
ギャラを貰いにリストへ行くと、愛撫だけで嗚咽し客の性器を咥え涎を垂れ流し涙を流してギャンギャン喘ぐ風俗嬢「ルカ」は、客が書いたアンケートでぴったり100点を得ていた。
「ルカさん、最高ですねー!」
ハイテンションが続くスタッフを無視してプレイルームへ向かい、溶けてしまったアイラインも直さずに、ヴィトンのメイクポーチの中からiPhoneを取り出しメッセージを送った。
「会いたい。会いたい。会いたい。」
あたしの指先がレイを求めている。
あたしの脳内、身体、臓器、心は、レイに狂い出している。
馬鹿だな。
こんなに人間に深く感情を持つほど、あたしは、弱かった?
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