第2話 ルカ。
バスタオルを身体に巻き付けたままのあたしと、ふわりとフローラル系の柔軟剤の香りがするワイシャツのボタンを閉める、清々しい顔をしたさっき果てたばかりの客。
「ルカちゃん、ありがとう。」
そう言って口角を上げて笑顔を作るこの男は、週三のペースであたしを本指名するエース。
こんなポーカーフェイスをして、いざプレイが始まると語尾に「にゃん」を付け、自分の垂れ下がった尻を蹴られ乳首を思い切り噛まれ自慰行為をして悦び喘ぐのだ。
男の性癖が丸裸に曝け出されるこの仕事は、あたしがノーマルな人間であることを忘れさせる。
わざと男に胸が当たるように腕を組み、エントランスまでの螺旋階段をゆっくりと降りるとべちゃべちゃと汚い音を立てたキスをして、男は日常生活に溶けていった。
「ルカさん、もう上がっていいよー。お疲れさまー。」
「お疲れさまです。」
あたしはリストに向かいスタッフからギャラを貰い、諭吉で膨らんだ封筒を手にして、安堵した。
ちらりと目を向けたパソコンの横に貼り付けてある指名ランキングの「ルカ」枠は、今日も極彩色で塗り潰されている。
プレイルームに戻って、パケに詰め込まれたショッキングピンクのベゲタミンA錠を取り出し、思い切り噛み砕いた。
そして蛇のようにぐるりとあたしの身体に巻き付いたバスタオルをそっと剥がした。
ギリギリのボリュームを保った白い肌が、鏡に晒される。
18歳のときに太腿の皮膚を破り突いた鳳凰の刺青が、まるで生きているかのようにギラリと鋭い眼光で鏡の中のあたしを睨み付けている。
鏡に映っているあたしは、とても滑稽で、何故か泣きたくなった。
サービスが終わり0:00を過ぎて「ルカ」という鎧を脱いだあたしはとても無防備だ。
「ルカ」として生きている時間にはどんな攻撃でもかわせられるのに。
ベッドの上に無造作に放り投げられた諭吉の束。
あたしはベッドに転げ落ちるように、身体を埋めた。
ローションと体液で湿ったベッドのシーツは、あたしの体温を吸い込むように生温く身体に貼り付いて、その粘り気はまるで胎盤のようにあたしを柔らかく包み込んだ。
生温い湯は、心地が良い。
けれども死ぬことさえ許されないほどに浅いところに浸かっているのは、痛烈なほどの攻撃を仕掛けてくる。
心がこんなにも痛むのは、何故なんだろう。
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