ダーリンはワーム型異星人

「ちょっとロニ、これはどういうこと?」


 とある土曜日の昼下がり。アパートの一室で、若い女性が穏やかでない声を上げた。

 女性が手に持っているのは半分になった皿。それだけで彼女の目が吊り上がっている理由も分かろうというものだ。

 そんな彼女を前に、観念したのかロニはソファから上体を起こして向き合った。


「あー、それなんだけどさ……ちょっとかじっちゃって」

「かじった?」

「うん、かじった」


 そう言いながらロニは彼女の手から半分だけ残った皿を受け取って、自分の口――がま口の財布にも似た大きな口に当てがった。確かに、皿の欠けた部分はロニの口の形――歯形と一致する。

 そこでようやく事態を飲み込めたのか、女性はロニの頭を両手で挟みこんだ。


「なんでお皿をかじっちゃうのよ!」

「まあまあ、パイ生地だって昔は皿みたいなものだっただろ? だったら僕がうっかり皿まで食べてしまっても許されるんじゃないかな?」

「そんな千年も前のこと引き合いに出したってダメだからね! っていうか小麦粉の器と磁器のお皿は全然別物でしょ!」


 謝るそぶりすら見せないロニにますます腹を立てて叫ぶ彼女だったが、それでもなおロニは態度を崩さない。


「じゃあ言わせてもらうけど、僕らのご先祖は食事のために岩石を噛み砕くような生物だったんだよね。その末裔まつえいである僕がセラミックの皿をうっかり噛み砕いてしまったのは不運な事故と言えないかな?」


 そう言いながら、ロニは彼女を落ち着かせようと、ぷよぷよとした手――二対目の前足で彼女の手を掴みゆっくりと下ろさせた。

 すると、ロニの思惑通り彼女は急に静かになった。


「……わかった。じゃあ、お皿食べちゃったのはいいよ。でも」

「でも?」


 オウム返しに聞きながら、ロニは頭から三体節分を横に傾けて首をかしげるジェスチャーを再現する。


「でも――なんで、正直に言ってくれないのよ」

「うっ」


 瞬間、ロニは自らの失敗に気が付いた。本命を見誤ったのだ。

 彼女が怒り、そして悲しんでいるのは、皿一枚のためではなかった。たかが皿一枚のために大切な女性を煙に巻こうとして謝罪をしようともしないロニ自身が彼女を怒らせ、悲しませていたのだと。

 ロニは一対目の手に持ったままの半分になってしまった皿を脇に置き、頭から第八体節までを使って体を折り曲げ、深々と頭を下げた。


「……ごめん」

「それは、何に対する『ごめん』なの?」

「ええと……僕が皿を食べてしまったことと、それを隠して謝ろうとしなかったこと。本当にごめん」


 それから数秒間、二人の間には沈黙だけが流れた。彼女はロニの本心を見抜こうとするかのようにロニの点のような二つの眼をじっと見つめた。

 そして、ふぅっと一息ついたかと思うと、彼女は頬を緩ませた。


「いいわ、ロニ。許してあげる。今回はね」

「ありがとう。二度とこんなことがないようにしたい、けど……これが僕の性分だから、変われないかもしれない」

「じゃあ、その時はめいっぱい怒ってあげようかな!」

「えぇ……お、お手柔らかに……」


 すっかり満面の笑みに戻った彼女に、ロニは戸惑いながらも微笑み返した。



「ところでさ」

 半分になってしまった皿を手に、彼女は言った。


「なんでまた今日に限ってお皿食べたりしちゃったわけ? これまでそんなことしなかったよね」


 至極当然な彼女の疑問に、ロニは思わず下半身まで持ち上げて体を丸めてしまう。これはロニたちの先祖の外敵に対する防御姿勢であり、現在では精神的な負荷――驚きや恐怖、あるいは恥じらいなどを感じた時に思わずとってしまう姿勢だった。

 そしてロニは、全身を丸めたまま観念した様子で答えた。


「いや、その、今日の料理さ。今までで一番おいしくて、夢中になって食べてたら、気付かずに皿まで食べちゃってて……ほんとごめん」


 すると、彼女は一層頬を緩ませてニヤニヤと笑った。


「この皿さ、僕の部屋に飾っておいてもいいかな? 戒めとして持っておきたいんだけど」

「だーめ」

「えっ、なんで。っていうかなんかさっきより機嫌良くない? なんで?」

「ふふん、ロニには内緒。このお皿は私が記念として飾っちゃうから貰ってくね!」

「え、なんで?」


 ロニの疑問に答える声はなく、彼女は半分になった皿を大事そうに抱えて廊下に消えていく。

 と、部屋から出ていく前に彼女が急に立ち止まり、振り返って言った。


「これからもっとおいしい料理作るから、お皿、気を付けてよね!」

「え、うん。もちろん」


 そしてロニは丸まった自分の体をゆっくりほどきながら、遠ざかっていく軽快な足音と鼻歌に、頭から三体節分を傾けるのだった。

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