ある博士と助手

「おい、こっちだ。早く来んか」

「はい、今行きますよ。にしてもこんな大発見、一生お金には困らないんじゃないですか?」

「金なんか興味ないと言ってるだろう。最近はどこぞからの支援で金の心配もせずに調査が進められるしな。それよりもこっちだ」

「……この奥は行き止まりでは?」

「いいや、この奥にも遺跡があった。というより、奥の遺跡に被せるようにこの遺跡が建てられていたと言うべきか」

「これは……。すごいですね」

「見とれるのは後だ。まず記録を取っていくぞ」

「これは、壁画ですかね」

「ああ。だが、ただの壁画じゃあない。ここを見てみろ。この黒くてふにゃっとしたやつだ」

「なんです、この黒いやつは」

「分からん。だが、これはあちらこちらに出てくる。彼ら古代人にとって大切なものだと見てまず間違いないだろう」

「しかしこれは何なんでしょうかね。何かの概念か、あるいは神などを描いたものでしょうか」

「現段階では何とも言えんな。だが、一つずつに特徴と言うか、個性のようなものがあるのは見て取れる。色も黒、白、黄色と種類があるようだ」

「興味深いですが、ひとまず後回しですかね」

「……いや待て。この壁画、おかしいぞ」

「どうかしました?」

「このふにゃっとしたやつの多さも尋常じゃないが、それ以上に人間が描かれてなさすぎる」

「とすると、これは地上ではなくて冥界や天界なんかが舞台なのでしょうか?」

「ふむ、だとするとところどころにいる生身の人間の説明が付かんぞ。それにこの人間……何故かあまり正確に描かれていないな。それに一人一人の描き分けもされていない」

「……奇妙ですね」

「それに今気付いたが、この人間達、何か拘束具のような物を付けられているな。これじゃあまるで奴隷……いや、むしろ家畜か?」

「……」

「おい、ボーッとするなよ。ここもちゃんと撮っておけ」

「あ、はい。了解です」

「全く、お前には緊張感というもんがないのか?」

「あはは。すみません、見とれてしまって」

「見とれるのは全部終わってからだと言ってるだろう。……しかしなんだ、ここは奇妙な空間だな」

「何がです?」

「普通に考えるなら、内側にあったここと外側の遺跡とでは、外側の方が新しいものになるはずだ。だが、見るからに外よりもここの方が技術的には高度だ」

「確かにそうですね」

「しかし、これは勘だが、古いのもおそらくこの内側の方だ。つまり、ここを建てた技術は後世に伝わっていないということになる」

「ということは、他民族の流入とかで文化が失われたりしたんでしょうか」

「それはそうだろうが……待て、あれは何だ」

「どうしました? 奥にまだ何か?」

「おい、この像を見てみろ! あのふにゃっとしたやつの像だ!」

「これは……」

「こっちは道具のようなものを身につけているぞ! こっち、は……」

「……博士?」

「うずくまった人間の上に、ふにゃっとしたやつが乗っている……? どういうことだ……?」

「……」

「これは、空想の産物にしてはあまりに詳細だぞ。そして、上のやつに比べると下の人間の像は簡略化されすぎている……。まるでかのようだ」

「……」

「つまり……つまり、この遺跡の主はあのふにゃっとしたやつ、なのか? いや、そんな……」

「ご名答です、博士」

「は? お前何を」

「説明するより見せた方が早いでしょう」

「うわ、お前体が裂け、て…………このふにゃっとした質感は、まさか」

「ええ、そのまさかです。我々は貴方達より以前にこの地上に誕生した、言わば旧人類。ここは貴方達ではなく我々の先祖が築いた遺跡で、これらを発見し我々の存在した証拠を抹消するために貴方を利用していました」

「そうだったのか、道理で一般常識にも疎いと思っていたが……。いや待て、お前今何と言った? この遺跡を抹消するだと!?」

「ええ、我々は既にこの惑星を後にした身ですが、諸事情あってその痕跡を消しに来たのですよ。博士には出来ればこれからも我々のこの事業に手を貸していただきたいのですが、いかがでしょう。もちろん報酬は必要なだけお払いしましょう」

「無理だ! この素晴らしい発見を誰にも伝えずに証拠隠滅に協力しろと言うのだろう!? いや、そもそもだ、お前にそんな報酬を払う金なんかないだろう!」

「報酬の点については心配いりませんよ。博士に研究費を支援していたのは我々ですから」

「何? あの得体の知れない団体か!」

「ええ。協力していただけるのなら、現在の百倍でも千倍でもお出しすることは可能ですよ。今回の事業のために、我々の一部が貴方達の社会に潜入して資金を調達していますので。ちなみに、我々は報道や政府の上層部にも潜入しているので、我々に隠れてこれらの情報を発信しようとしても無駄ということもお伝えしておきます」

「なんじゃ、つまり初めからお前らの手のひらの上だったというわけか」

「まあそういう言い方もできますね。とはいえ、博士の調査能力には我々も一目置いています。出来るならば、協力していただきたいのが本音ですね」

「ああ、だがまあ、無理だ。こんな発見を黙っていられる自信もないしな」

「そうですか。残念ですね」

「うぐぅっ! ……な、何じゃそれは……そ、それは、お前らの武器かぁ。もっとよく見せ…………ぐふぅ」


「これは銃というものですよ、博士。……しかし、貴方の知的好奇心と探求心には驚かされっぱなしでした。こんな命令さえなければ、母艦に連れて行きたかったですがね」

『こちらオペレーター8。武器の使用を確認した。状況の報告を要求する』

「こちらオブザーバー4。買収が不可能と判断したため博士を射殺した。ダミーの甲殻体と証拠物品の回収部隊、そして遺跡全体を崩落させるための地震動発生装置の転送を要求する」

『了解した。転送開始までおよそ60秒だ。その場で待機せよ』

「了解。…………しっかし、ふにゃっとしたやつですか。外骨格型には霊長類型われわれが柔らかそうに見えるんですかね。むしろ全身殻に覆われてる貴方達が硬すぎるだけだと思うんですけど……」

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