グラナトゥム・ミラビリス ~獄中の焔帝・幼き凍姫~
河原叢児/トーチ
獄中の焔帝
0.懐かしい、悪夢
手を引いて走っている。握る手はきつく、固く。放さないようにと半ば願いを込めるように。走る足はあちこちにぶつけて傷だらけで、息はとっくに上がっている。疲労を訴える体に鞭打って、うるさく鳴る鼓動を無視して走る。辛い。苦しい。それでも、走らなければ。逃げなければ。
ぼやけた視界で、どこをどう走っているのかわからない。暗く細い裏路地を、跳んで、潜って、逃げ続けた。時々立ち止まって後ろを振り返っては引いたその手の先を確かめる。肩で息するほどに、ひどく疲れているのが目に見えて分かる。それでもまだ居る。まだ手の中にある。
大丈夫。絶対、守るから。
走っている間に繰り返した言葉。何度も何度も、確かめるように。その人は汗が伝う顔を、やや無理にほころばせて、
大丈夫だよ。
と、まるでいつもと変わらない、柔らかい声でそう答えた。聞き慣れたその声に安心する。今度こそは、大丈夫だと。
突如視界が暗転する。酷く頭が揺れ、遅れて鈍い痛みが襲ってくる。続け様に乱暴に頭を掴まれ、強く地へと叩きつけられた。疲弊した体ではそれに対抗することもできず、四肢がきつく地面に縫い付けられた。
悲鳴が聞こえた。押さえつけられた頭を無理矢理に動かして、頬が地に擦れることも気にせず前を向いた。絹のように滑らかな亜麻色の髪が、かき乱されて広がっていた。乱暴に取り押さえられたその人の肌には、無骨な手が食いついていた。
放せ、と叫んだ。俺が守る、と。
しかし体は無慈悲なまでに微塵も動かない。髪を振り乱して必死に抵抗するその人も、やがてぐったりと力なく項垂れた。
ああ、まただ。また守れなかった。
怒りが。悲しみが。悔しさが。ない交ぜになって煮えたぎる。ぐるぐると渦を巻く感情は、しかし徐々に薄れていく意識の中に飲まれていく。
最後に暗い世界の中で聞こえるのは、決まって二つの声だけ。
喜べ。これで人は救われる。と男の声。
心配しないで。アルト。とその人の声。
繰り返される夢――叶わない夢は、いつだってそこで終わる。
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