うえき、にんげん、あなた、すき。

ちびまるフォイ

植木人間 ¥10,000

それは仕事帰りにふと立ち寄った花屋さんだった。

植木鉢に足をすっぽり入れた人間が並んでいる。


「いらっしゃいませ。植木人間にご興味が?」


「う、植木人間……?」


「はい。植木人間はいいですよ、とても癒しになります。

 普通の人間とちがって自分の思うように成長していきますから」


店員の売り文句に背中を押されて1体購入することにした。

髪の長いきれいな女性の植木人間だった。


家に持って帰って部屋に飾る。

思えば家に人を呼んだことがない俺には不思議な光景だった。


「こんにちは」


「………」


植木人間は反応しない。

しゃべらないのはもちろん、ぴくりとも動かない。

まるで観葉植物だ。


それでも、デブで女っ気の少ない俺にとって

植木人間だろうが女性が部屋にいるこの環境はいいものだった。


「おはよう、行ってくるね」

「…………」


「ただいま、今日も疲れたよ」

「…………」


「聞いてよ。今日仕事でね……」

「…………」


植木人間は動かない。

でも、なんとなく話しかけるのが日常になっていた。


そんなある日。


「いってきます、ちゃんと待っててね」


「いって、らっ、しゃい……」


「うそ!? しゃべった!?」


植木人間が言葉を覚えた。

あまりの嬉しさにその日の仕事は手につかず、ずっと夢見心地だった。


「自分の思うように成長って、こういうことなのかぁ」


植木人間をまじまじと見ながら納得した。

数日もすると、今までピクリとも動かなかった植木人間が

少しづつ言葉を覚えてだんだんとしゃべるようになっていった。


デブでモテない俺にとって、こんなに楽しい時間はない。


「ああ、俺にもこうして女の子と話せる機会があるなんてなぁ」


「うれ、しい?」


「うん。あのとき、君を選んで本当に良かったよ」


植木人間はもう家族の一員になっていた。

お互いの親密度が深まるにつれ、植木人間と外に出たい気持ちが高まった。


「はぁ……一緒においしいものや、キレイな場所をみたいなぁ」


「でき、ない。植木、ある……から。うごけ、ない」


「そうなんだよなぁ……」


植木人間は植木鉢に埋まっている。

それを持ちながら旅行することなんてできない。


「そうだ! 植木なんか壊しちゃえばいい!」


自由を制限する植木鉢なんてなくなれば、植木人間は自由になるはず。

ガレージから取って来たハンマーで植木鉢を叩き割った。


ガシャーーン!


割れた植木鉢からは土が散乱して、植木人間は自由になった。

そして気付いた。


「え!? 足がない!!」


植木に埋まっていた部分、ちょうど足首から足先はなかった。

くるぶしから足は途切れて断面から土の養分を吸収していたらしい。


「これで歩けるのかなぁ」


「くつ、あれば、だいじょ、うぶ」


植木人間は靴をはくと器用に歩き出した。

それでも不安定なので俺にもたれかかるように、俺の後ろを歩いた。


「お、お、お前が彼女ぉぉぉお!?」


「どうだ、うらやましいだろう」

「はじめ、まし、て」


「めっちゃ美人じゃねぇかこのーー!!」


植木人間が自由になったことで友達にも彼女として自慢できる。

植木鉢にいるころにはできなかったことができる。


「楽しいか?」


「たのし、い」


植木人間はやさしく微笑んだ。

そして、その表情のまま急に倒れてしまった。


「お、おい! いったいどうしたんだ!?」

「…………」


植木人間はぜぇぜぇ言いながら動かない。

あわてて植木人間を買った店の店員を呼んで見せた。


「これは……! 植木鉢をわったんですか!」


「あ、はい……。それがなにか?」


「植木人間は食事を取らない。それは土から栄養を取ってるからです!

 その土が入っている植木鉢を壊すということは……」


「まってください! それじゃどうなるんですか!?」


「……このままじゃ死にます」


「新しい植木鉢に入れればいいじゃないですか!?」


「植木鉢に入れて根をはるまでどれくらいかかるか知らないでしょ。

 土から養分を吸収できるようになる前に衰弱してしまいます」


「そ、そんな……」


俺が植木鉢を割ったばっかりに。

エネルギー源を失った植木人間はそれでも楽しいふりをしてくれていたんだ。


「どうしますか? いっそ、ひと思いに楽にしてあげるのも優しさです」


店員は剪定用の大きなハサミを渡した。

俺はハサミを受け取り、覚悟を決めた。







それから数日。

植木人間はすっかり元気を取り戻した。


「いつも、あり、が、とう」


「いいんだよ。俺も君と一緒にいられて嬉しいんだ」


「ホント、お前らカップルはいつまでもアツアツだよなぁ。

 いつまで一緒にくっついてるんだよ、バカップルめ」


「ずっとだよ。ふふふ、うらやましいか」


「あーーはいはい。リア充どもめ」


友達はあきれながら俺たち2人を見ていた。


「しっかし、お前ずいぶんと痩せたよなぁ。

 前まではデブだったじゃん。これも恋愛の影響か?」


「かもな。恋をすると人は痩せるのさ」


以前はでっぱっていた腹も引っ込み、顔周りの肉もすっかり落ちた。

それもこれも植木人間のおかげだろう。


「ずっと、いっしょ、ね」


「ああ、もちろんだよ」



あの日、俺は自分の手首を切り落として植木人間にくっつけた。

その腕からはいまも養分を植木人間に送り続けている。

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