残り1ヶ月

星鎖

1日目

「…本当に残念なことなのですが」


 白衣を身に纏い、資料を見ていた顔を上げ、目の前の男性が静かにこう言った。


 その一言は、今でも頭の中でリピートされる。

 それくらいに、辛い一言だった。


「…ケイトさん。貴方は、」


「余命…1ヶ月です」


 聞きたくなかった言葉が、胸に突き刺さる。


 小さく「…そう、ですか」と

 悲しげな声を、私は聞き逃さなかった。


─────


「やっぱりそーなるよな!だって何もしてないのにいきなりぶっ倒れるもん!そりゃ、重い病気でも可笑しくはないわな!」


 彼の声はとても大きい。


 いつもその大きな声で、何事にもめげないで、どんな壁だって乗り越えた彼が。


 その生涯を残り30日で終えることになるなんて。


「…どうしてそんなに笑っていられるの?」


「…!」


「なんで笑っていられるの!もうすぐ死んじゃうんだよ!?嫌じゃないの!?」


 涙を止めるなんてこと、私には出来なかった。


 悲しくて、悲しくて、でもその涙には怒りの感情もあった。


 自分がもうすぐ死ぬと告げられて、平気でヘラヘラ笑っていて。


 神様も酷いものだ。こんなに明るくて元気で、私にとってのヒーローを。


 こんな簡単に殺してしまうなんて。


「泣くなよ」


「…っ」


「…お前さ、俺から元気を抜いたら何が残る?」


「…」


「余命1ヶ月がなんだよ。後もう少しで死ぬ人は、笑うことも許されねぇのか?」


「それは…」


「人生の幕を閉じるのは、早かろうと遅かろうと皆同じだ。皆死ぬんだよ。お前も含めてな」


「…」


「だから…逆に良いって言うか?死んじゃう日が分かったら後はその日が来るまで遊びまくるだけだ!」


「…正直なところ、高校生活は最後まで送りたかったけどな。その分一緒に遊ぼうぜ?」


 私とケイトはつい先日、中学校を卒業したばかりだ。


 こんな漫画やアニメのような展開は、誰も予想していなかった。


 まさかガンが遅く見つかると直すのは困難だなんて…知るわけがなかった。


 もうすぐ、この笑顔も見られなくなるのだろうか。そんなこと、考えたくもない。


「もう夜遅いから家に帰りな」と言うケイトの言葉を最後まで聞かないで、私は病室から走って出ていった。


─────


 その日の夜。


 私はケイトに貸してもらってした腕時計を机の引き出しから出し、丁寧に埃を拭き取った。


 明日ケイトに返すつもりだからだ。


 ケイトは「それ、あげるよ」なんて言ってくれたが、私の腕には少し大きすぎるから。


「神様は、なんでケイトの人生をこんなにも早く終わらせようとしたの?」


 ただ一言、そう呟いて。

 私はベッドに潜り込んだ。


 今日のことが、全て夢でありますように──と、願いながら。


─────


 次の日も私はケイトと一緒に色々な会話をした。


 いつもと同じ、特にこれと言って変わった話をするわけでもなく。


 ただ、普通に。


「…なぁ」


 話の話題を変えたのは、ケイトだった。


「今度の日曜日にさ、水族館に行かないか?」


「え?」


「病院のすぐ近くにあるし、あそこなら時間が少し遅くなってもすぐにお前の家に着くだろ?」


「まぁ、そうだけど…」


 まさか、昨日自分の余命を知らされたのに今度出掛ける予定を作るとは思わなかった私は、少し驚いた。


「言っただろ?最後なんなら、いっぱい遊んで思い出作ろうぜ?」


「どーせ俺は勉強しなくてもいいんだからな!!」


「ケイトが生きてる内に、しっかりと勉強させるよ?当たり前じゃない」


「えぇ…そ、それより!今度の日曜日!空いてる?」


「別に、特にこれといった用事はないけど…」


「そんじゃ決まり!あ、やべ、先生の許可とってねぇや」


「何それ!出掛けて良いか分からないのに誘ったの!?」


「だって、早くしないとお前すぐ予定入れるだろ?」


「…言い返せない」


「ほーら!」


 明るくて元気で、私の好きな笑顔。


 …ケイトの思い出の中の全てに、私がいられるようなことはできないけど。


 私もこの笑顔をずーっと覚えていられるように、沢山の思い出を作りたいと、そう思った。

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