モヒカン召喚 ~荒廃した世界から召喚された地もまた、荒廃していた~
地雷原
プロローグ
暗い――暗い森の奥のまたさらに奥に、人目を避けるように造られた洞窟神殿があった。岩壁を掘り進めて造られた神殿内部には幾本もの松明が掲げられ、赤い炎が生み出す光と陰影によって神殿内部は静寂と神秘的な雰囲気に包まれていた。
その神殿の中央では、頭部を深く覆い隠すフードの付いた黒い貫頭衣を着る者たちが、石の台座を囲うように円陣を組んでいた。
彼らは一様に跪き、手を合わせてひたすらに祈りを捧げている。それは誰に対しての祈りなのか、何を望んでの祈りなのかは判らない。
聞き取ることが不可能なほど小さな声で綴られる祈りの言葉は不規則に重なり合い、まるで呪いの言葉かのように禍々しい音となって神殿全体に共鳴し、響き渡る。
そして――石の台座を中心点とし、それを囲う黒いフードの者たちをさらに囲うようにして巨大な魔法陣が浮かび上がり、神殿全体が明滅する光に包まれた。
◆
「ヒャッハァー!!」
「行けッ! 行けッ! 行けぇーッ!」
赤茶色に焼けた大地を、土煙を舞い上げながら流線型カウルに覆われたバイクの集団が爆走していた。
静音モーターが発する僅かな振動音だけでは物足りぬと言わんばかりに、バイクに跨る男達が気勢を上げて目の前に迫る施設へと雪崩れ込んでいく。
かつて北アメリカ大陸と呼ばれた大地。今では過去の繁栄は見る影もなく荒廃し、高層建築物は軒並み倒壊し、道路は割れ、草木は枯れ落ちた。
西暦二一〇〇年代初頭、人類は外部からの燃料供給がなくとも永遠に運動を続け、外部供給可能なエネルギーを生み出し続ける永久機関『アルキメデス』を発明した。
これにより様々なエネルギー問題は解決し、人類繁栄の未来は約束されたかに見えた。
しかし、人類が無限に供給されるエネルギーの使用方法に選んだのは平和と繁栄ではなく、無限のエネルギーによってもたらされる力による争いだった。
争いの理由は資源戦争から始まり、やがて民族・宗教戦争へと変わり、最終的には終末戦争に至り、人類の文明は滅びの時を迎えた。
だが、文明が滅んでも種としての人類はしぶとく生き残った。同時に、人同士が争う気持ちもまた、強くその心に根付いた。
そして、超小型化されたアルキメデスにより、僅かばかりの文明の残り香を集め、奪い合う、苦闘の時代が訪れていた。
「警備兵どもを排除しろぉー! 歯向かう奴は殺せ、資源は確保しろ! モヒートたちは製造プラントを押さえろ!」
荒れ果てた赤い大地に建つかつての薬品精製プラント工場は、今では武器製造プラントへと姿を変え、多数の警備兵に守られていた。
そこへ押し入るように雪崩れ込んだバイクの集団は、この旧アメリカ大陸を渡り歩く強盗団『レッドスパイク』。
その一員であるモヒートは天を衝くような赤毛のモヒカンヘッドを、三〇cmはあろうかという長い
彼らの狙いは製造されたばかりの武器と、一緒に貯蔵されているはずの超小型アルキメデスだ。
「と、とまれぇー! とまらないと撃つぞーーッ!」
製造プラントと思われる倉庫の守衛は、三十代ほどの男性二人だけしか見当たらなかった。他の警備兵たちはメインブロックである貯蔵庫を守っているのだろう。
自分たちが差し向けられた武器製造プラントの守りが薄いことに、モヒートをはじめレッドスパイクの男たちは顔を歪ませてニヤけていた。
「ハッハァー! 邪魔だどけぇー!」
モヒートの操る四輪バイクが廃材を踏み台として空中へと跳び上がり、車体を横にしながら守衛へと突っ込んでいく。
「う、うわぁぁー!」
制止の言葉に止まることなく、さらにはバイクごと跳びかかってくるモヒートに対し、守衛の男たちは手に持つ充電式エネルギー銃であるブラスターライフルのトリガーを引く。
アルキメデスの発明後、人類が手に持つ武器の大半が実弾からレーザー兵器へと姿を変え、その全てのエネルギー源が小型化されたアルキメデス一つで事足りていた。
跳び上がる四輪バイクの下をレーザーの火線が走る。そして、それと交差するようにして守衛二人に四本の前・後輪が直撃した。
「よぅし、扉を破壊しろ! 急げよ!」
モヒートは四輪バイクを巨大な武器製造プラントの横につけ、バン! バン! と大きな音を立てながら鋼鉄製のシャッター扉を叩いた。
これで武器製造プラントは占拠したも同然とニヤけるモヒートは、すこし離れた先に見える貯蔵庫に視線を移した。そこではまだ激しい戦闘が続いているようで、内部からいくつものレーザーが倉庫を突き抜けて撃ち上げられていた。
モヒートと共に武器製造プラントを襲撃した男たちは鋼鉄製のシャッター扉から距離を取り、ブラスターライフルをガスバーナーのようにして分厚い扉に大穴を開けようと照射を続けている――。
「あ、悪党共がぁ……」
だが、何もかもがレッドスパイクの思い通りに進んではいなかった。モヒートの四輪バイクで弾き飛ばされ、敷地内に倒れていた守衛の一人が胸元から小さな機械を取りだすと、そこにたった一つだけ付いている赤いボタンを押し込んだ。
「んー? おい、なんだこ――」
ブラスターライフルで焼き切られた切込みの内側――武器製造プラントの内部より赤い光が溢れだした瞬間――周囲を巻き込んで轟音と共に武器製造プラントは爆炎に包まれた。
そして武器製造プラントの真横にいたモヒートもまた、その爆発に包まれて――。
「モヒート!」
「さ、さがれぇー!」
爆炎の熱量と爆風により、レッドスパイクの男たちは武器製造プラントから顔を逸らしたと同時に吹き飛ばされ、噴き上がる豪炎の内側で何が起きているか全く見えていなかった。
そう――爆炎が噴き上がるのと同じタイミングで、モヒートの足元から巨大な魔法陣が出現し、爆発に飲まれていくモヒートはおろか、跨る四輪バイク、爆炎に包まれて燃え盛る武器製造プラントを含め、そこにあったすべてを飲み込み――吸い込み――人類文明が滅亡した世界からその姿を消した。
そして、その瞬間を目撃したものは誰もいなかった。
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