第10話 まとめ 前編

 それでは、これまで書き記してきたことを具体的にまとめて、実例として紹介してみましょう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 朝8時、いつもより2時間寝坊して目を覚ますと、彼女は眠い目をこすりながらジャージ姿でゆるゆるとベッドから立ち上がり、机に備え付けの本棚に向かってペコリと頭を下げた。


「おあようございやす」


 本棚の右端には小さな赤べこのキーホルダーが二つ並び、隣にはこれまた小さなガラスのコップに水が入っている。彼女はそのコップを手に取ると、左右にふらふらと揺れながら、流し台に向かった。一日の最初の水は、このコップに注ぐことに決めているのだ。


 コップの水を流すと、水道の栓をひねって水を出した。コップを四回ゆすぐ。普通『』は『死』につながるとして忌み嫌われるのだが、彼女にとっては『四』は幸せの『し』なのだ。そしてコップに並々と水を注いで栓を閉じ、コップの上が表面張力でゆらゆら揺れるのを満足そうに見つめながら、ゆっくりとした足取りで机の前まで戻ってくると、キーホルダーの隣にコップを置いた。


 パンパン、と二回拍手かしわでを打つ。回数に意味はないが、なんとなくこれが気に入っている。


「昨日も一日ありがとうございました。今日も一日イロイロあるでしょうが、どうかよろしくお願いします」


 手を合わせてキーホルダーにそうつぶやくと、彼女はまた一礼した。さて、朝食の準備だ。


 ◆ ◆ ◆


 今日は仕事も休みだし、約束もないのでのんびりしていられる。お腹も膨れたし、二度寝をしてもいいのだが、そういえばもう卵がない。米はまだまだあったっけ。でも、たまにはパスタでも食べたいところだ。とはいうものの、自分で作るとなるとちょっと面倒臭いな。無難にレトルトのミートソースでも買ってくるか。


 行きつけのスーパーは、朝9時に開店する。今は8時45分。さすがにジャージ姿のままでは恥ずかしいので、ジーンズとTシャツに着替えた。8時50分ちょっと。のんびり車で向かえば、開店直後に並ばずに入れるだろう。彼女は赤べこのキーホルダーに向かって手を合わせた。


「では、買い物に行ってきます」


 そう言うと、二つ並んだ赤べこの左側を手に取り、車のキーに取り付けた。


 ◆ ◆ ◆


 彼女の休みは平日なので、道はそれほど混んではいなかった。スーパーには次の信号を右折する。ちょうど赤信号なので彼女は車を止めた。1分ほど待つと、歩行者用信号が点滅し、左右の信号が青から黄に、そして赤に変わった。彼女がブレーキから足を離した瞬間。


 キキキーッ! スキル音をあげて左側からスポーツタイプの車が交差点に侵入してきた。そして交差点の真ん中でドリフトをすると、あっという間に走り去ってしまった。しかし、彼女がアクセルを踏むのがもう少し早ければ、ぶつかっていたかもしれない。彼女はハンドルの向こう側でキーにぶら下がっている赤べこに一瞬目をやった。


「ありがとうございます」


 小さな声でつぶやくと、彼女はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 今回はここまで。続きは次回に。

 


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