第5話
炭酸がきつい。昔ながらって感じの、ビー玉が中に入ったラムネ。実は炭酸は好みではないのだが、今日のはなんだか美味しく感じる。しゅわしゅわ、泡が消えるのと一緒に、自分の悩みまで消し去ってくれているみたいで。
そんなふわふわした時を、6時のサイレンの低い唸りに叩き落とされた。はっとして立ち上がった僕に、「なに!びっくりするじゃない!」と落としかけた瓶をしっかり握りながら怒る彼女。まずい、彼女が怒っているのもまずいが、それより遅刻だ。
「ごめん七音ちゃん、仕事あるから行かなきゃ!じゃあね!」と早口で言い残して走り出す。階段を駆け下りる後ろから、ありがとうと一言。振り返る余裕はないから、右手をあげて応える。
定刻6時半まであと1分というところで間に合った。汗だくで来た僕を、先輩が笑い飛ばす。
「吉沢が遅刻寸前だなんて珍しいな。なにかあったのか?」「いえ、まあちょっと…」と少し濁す。
「そうかそうか。そういえば、可愛いレディから手紙が来てたぞ?」とウインクする先輩。可愛いレディ?七音ちゃんしか思い浮かばない自分がいて、妙に照れる。自分の机の上に、幼い文字で「おにいさゃんえ」と書かれた手紙があった。どうやら先日避難訓練の手伝いをした幼稚園の児童かららしい。中を見る。「おにんぎょうさんお まもる おにいさゃん かっこよかったよ おしごと がんばってね みか」
僕は自分の浅はかさに気づき、恥ずかしくなった。大きな夢なんてすぐ叶うものではない。テレビや本の向こうで自分の夢を叶えている人がいると、自分も自分もと焦ってしまう。だが焦ったって叶うものではないのだ。日々こつこつ努力を重ねて、それが誰かからの小さな声援になり、それが今度は夢を叶えるチャンスになる。
「命を助ける」ほど大きな夢は、すぐには叶わないかもしれない。でも、誰か1人の、その日1日頑張ろうと思う糧にはなれるんだ。それを積み重ねてたら、いつかは「人を助ける」ってことに繋がるかもしれない。
「おい、書類手伝ってくれ。」先輩の呼ぶ声がする。
「はい!」と返事をし、すぐに取り掛かった。
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