ドリルに恋するメトロノーム【一日一本お題二つでSS/ドリル・メトロノーム/17/3/23】
ふるふるフロンタル
第一話「最終章――そして伝説へ」
『其はドリル――』
ガガガッ! ガガガッ!
『地面に孔を穿つ者――』
ガガガッ! ガガガッ!
『一片の迷いも無く――』
ガガガッ! ガガガッ!
「ただひたすらに、孔を打つ――」
「一片の迷いもねぇならさっさと仕事しろっ! ほら次こっち!」
「――はいっ! アニキッ!」
河川敷に響く声。
はちまきを巻いたちょっとガラの悪いおっさん――通称アニキが俺を呼ぶ。
ふむ、今日もアニキは勇ましい。
数々の修羅場を駆け抜けたアニキの顔には十字の傷がある。
禍々しい、同時に神々しい。男の勲章だ。なんということはない住宅街の河川敷においてもその風貌は畏怖の対象であり、道行く親子連れは我々土方作業班を見るやいなや駆け出し、足早に去ってゆく。
――愉快痛快……といったところか。我々もアニキの名に恥じぬ振る舞いを心がけねばな。
上司の有能ぶりを改めて痛感した俺はドリルの手を休めアニキの元へ走る。
「おう、来たか。次はこっちだ。ったく――アイツ病気だとか言って休みやがった……」
「それは昨日の……」
「ああ。アイツだよ。ありゃどう考えてもボートか馬か……」
「ボート……馬……何かの稽古でしょうか」
「あ? あぁ……そんなもんだ」
アニキは時々、言葉を濁す。思いやりだ。『アイツ』にもきっとやんごとなき事情があるのだろう。それを察したアニキは寛大な心がけで私にあえて伝えずにいる。
立派である。
大将の器である。
「んじゃここな。アイツの分のトコだが……なに、報酬ははずんでやる」
「ハッ! ありがたき幸せでありますっ!」
「お、おう……まぁ気張らずにな」
……。
…………。
………………。
ガガガッ! ガガガッ!
俺は土方アルバイター。
ガガガッ! ガガガッ!
通称『ドカター』。主にこの葦原町河川敷において活動し、ドリルを片手に穴を掘るという崇高な使命を担っている。
ガガガッ! ガガガッ!
任務の詳細は――すまない、これは機密事項。ドカター内でもごくごく一部の人間にしか知らされない。
ガガガッ! ガガガッ! ガッ!
「おっと……これは……」
灼熱の川原に乾いた音が鳴る。
だがそれはここ――ドカターたる我々の戦場では人の呼吸の音にも及ばぬ、取るに足らないもの。激しい掘削音とドカタ戦士の咆哮に紛れ、やがて消えていった。
「障害物……いや、もしくは」
これは問題だ。俺の愛機――GX810は通常求められるスペックの大半を網羅し、そのすべてにおいて一定以上のパフォーマンスを発揮する、汎用機としては素晴らしい名機である。がしかし、それゆえにごく一部のイレギュラーな状況では途端に窮地に陥ってしまうというリスクも孕んでいる。
現に先ほどまで硬い地面を掘り進んでいたドリルは勢いを衰えさせ今にも動きを停止しそうな弱い悲鳴を上げている。
「……動作不良――まさか、このような局面でッ!」
つーっと汗が伝う。
最高気温32度、熱中症警戒レベル5、お洗濯にはぴったりの日和となりそうです――
今朝もキラキラ、麗しい。俺のアイドル、ラジオのお天気お姉さんはたしかにそう言っていた。
しかし。
「俺は引かぬッ!」
ガガガッ! ガガガッ! ガッ!
「俺はッ!!」
ガガガッ! ガガガッ! ガッ!
「俺にはッ!!」
ガガガッ! ガガガッ! ガッ!
「戦う理由があるッ!」
ガガガッ! ガガガッ! ガッ!
「俺はッ! 俺はこのドカターを卒業し!」
ガガガッ! ガガガッ! ガッ!
「夢をッ!」
ガガガッ! ガガガッ! ガガッ!
ボンッ!
――ジェネレーターに重大な損傷アリ、掘削を停止します。
シュウウ……というむなしい音を上げたGXは回転速度を徐々に落とし、まもなく沈黙した。
「なんと……」
思わず崩れ落ちる。
俺は大事な戦友を今、失ったのだ。この喪失感、言葉にならない彼(ドリル)への思い――それらを全身で表すために膝をつく。
「…………GX……お前は最高の」
「おー、どうした」
「………………アニキ」
「あ? おい、コイツはどうした」
「あ、ドリル壊れました」
「……」
「……」
……。
…………。
………………。
「俺の……新たなる剣――」
――システム、オールグリーン。GX893、起動。
「掘削ッッ!」
ガガガッ! ガガガッ! ガガッ! ガガガガガッ!
アニキによってもたらされた新型機であるGX893。
893は他のGXシリーズとは段違いの強度を誇る重装型ともいうべきドリルである。しかし、その巨体、バカにならないくらい破壊的な振動が使い手の体力と精神力を食い散らかし、そのまま戦場へ戻ることのできない体にしてしまうことも少なくない――
「しかしッ……!」
フンッ! っと腰を据え呼吸を整える。
代々伝わる呼吸法――そう俺の家はドリラーだ。
この道では五本の指に入る名家中の名家――この世界自体が世間の裏側にあるため名前は公にできないが――
「おいおめぇ大丈夫か? そんな顔して……」
「なんのっ――これしきっ!」
心を沈め、周りのバトラー――ドカターと同義――の声を押しのけた。
ぴちょん。
見えたッ! 水盆に落ちる一滴ッ!
「汗は拭けよ~あと水分もな~」
「はい、アニキ」
ガガガッ! ガガガッ! ガガッ!
ガガガッ! ガガガッ! ガガッ!
ギンギラギンの太陽だ。
まだまだ沈む気配はない。
――この孔も――もう深度は3、というところか……まだまだ先は見えないな。
893の継続運用からか異常なまでの疲労が俺を襲う。
汗は滝のよう。動悸は先から止まらない。想定以上のバケモノだ。
ともかく、この障害物を取り除かないことには先に進めない。俺の愛機――GX810の仇――アニキに請求されたのは8万円だ――をとるためにはなんとしてもそれ以上の働きを見せねばなるまいて……
ガガガッ! ガガガッ! ガガッ!
ガガガッ! ガガガッ! ガガッ!
「チィッ! 肩がっ――ダメージはっ!?」
――肩関節、脚部、使い手の脳に深刻な負荷を確認中。
なんとッ! そんなところまで……
「おーい、そろそろ休憩だぞ~お前飯どーするよ」
「シャケ弁当を――と言いたいところですがアニキ、今日は休憩中も働きます。GXの仇を是非、私にとらせてください」
「GXぅ?」
「ドリルのことです。あの三型の」
「ああ、いや、あれは弁償してくれたらそれでいいって、んまぁ残業代は多めに付けとくわ」
「ありがたき幸せ」
「あ、あとな、あの障害物、取り出せたら報告してくれな。別のトコに置いとかないといかんから」
「御意に」
……。
…………。
………………。
ガチャリ。
「うーん、やっぱり我が家はおちつくなぁ~」
1LDK、そこそこ綺麗でそこそこ満足している僕の城。汗だくだくになったバイト帰りの僕はそのままついつい銭湯につかっていくなんて贅沢をして、その分、今日の晩御飯はカップメンで手を打った。
「男一人も大変だ。でもこれも……夢のため」
狭くて大きな部屋。一室しかないこの城にちょんと佇む机と僕。その机に置きっぱなしの古びた雑誌は宝物。
――あなたも店を持ちませんか?
そんな謳い文句に惹かれたのはいつだっけ。たしか五年前。コンビニで見つけた雑誌には若くして起業した同い年の姿や成功後の輝かしい生活が紹介されていた。
僕はまだ社会を知らない、ちょっと屈折したオタク大学生だった。でもこの雑誌を見て思ったんだ。
『僕にもまだ、人並みの未来を望むことができるのかも』
なんて――今思えばちょっと軽率だったかもしれないね。
「でもでも……そのおかげで今がある――っと」
ピピピッ――ピピピッ――
きっかり三分。
例のコンビニで買ったデカ盛りとんこつラーメンの完成だ。
部屋にテレビなんてあるはずもなく、タイマーの音が嵐のように通り過ぎてしまうとまた、部屋は静かになってしまう。
「んっ――いただきます」
だから、こうして行儀よく挨拶するのも、わざと麺を大きくすすってみるのも――
「って、考えるのはよそう」
……。
…………。
………………。
コッ――コッ――コッ――コッ――
深夜に響く、これは時計の音。
ネットの中古で年代モノ。ちょっと古びた感じが案外気に入っているアナログ式。
「えーっと……起業の心得その一……っと」
コッ――コッ――コッ――コッ――
夢を持った僕は勉強を開始した。これも五年前の話で、つまり今現在、勉強を始めて五年後っていうことになる。
コッ――コッ――コッ――コッ――
進捗は……まぁまぁかな。なんせやることが多すぎる。それで朝から夕方まではバイトだって入ってる。すると必然的に勉強時間はこの時間帯。深夜になってしまうというわけで。
コッ――コッ――コッ――コッ――
「んーー……眠いっ! でも今日は頑張るぞ」
コッ――コッ――コッ――コッ――
実は今日をもってあの現場――ヤクザのたまり場みたいな環境からはオサラバだ。なんでも重大な問題が発生したとかで、役人を呼ばないといけなくなったらしい。
それで、当分の間は調査が続くから作業はストップで。
僕は別の現場に飛ばされる。
いい気味だ。
「あんなガラ悪いトコ……頭おかしくなっちゃうよ。今度は……そうだなぁ。ドカタじゃなければ。っていうか怖い人がいないところがいいなぁ……お金は欲しいけど」
そう考えると、なんだか複雑だ。
そもそも僕はドリルに興味があったわけでもヤクザに憧れがあったわけでもない。
起業のためにちょっとでも早くお金が欲しくて、なおかつ家から近いっていう動機さえなければあんなところに自ら飛び込んだりしないのだ。
コッ――コッ――コッ――コッ――
でも、それでも、なぁ……
コッ――コッ――コッ――コッ――
時給が高いっていうのだけは……
「ふぁ……眠くなってきた……」
コッ――コッ――コッ――コッ――
時刻はまだまだ二時半だ。
本当ならもう明日に備えて寝る時間。
「でも、そっか……明日は新しい現場の説明会だけで、作業はナシのはずだから……よしっ」
それならもう少し。
あと一時間。
コッ――コッ――コッ――コッ――
コッ――コッ――コッ――コッ――
コッ――コッ――コッ――コッ――
コッ――コッ――コッ――コッ――
……。
…………。
………………。
『今朝のニュースです。葦原町で埋蔵金が発見されました――町内はお祭り騒ぎとなっており、現場には多くのマスコミが――』
ブチンッ。
翌日朝。
聞いていたラジオの電源を切る。無音の世界が訪れ一瞬の後悔を覚えるもシャキっと頭を切り替えた。
「今日のスケジュール……新しい現場の説明会……で、帰ってくるのはいつもどおり夕方か。今日は眠気と戦わずに勉強できそうね」
コンビニのシャケおにぎりをほおばりながらスマホを確認する。
僕のスケジュール。
ドリル。
ドリル。
ドリル。
ドリル。
ドリル。
説明会。
以下白紙。
白い画面を見ているとなんだかワクワクする。
「また一歩、近づいた」
起業の資金は100万必要だ。
今は60万。
今後の生活費を考えればあと半年……いや、新しいバイトの自給次第ではもっと早まるかもしれない。
『最高気温32度、熱中症警戒レベル5、お洗濯にはぴったりの日和となりそうです――』
「行ってきます」
僕は今日も、時間を見計らってお天気だけを確認し、家を出た。
……。
…………。
………………。
「よく来たなァ相棒!」
「!?」
ガッと背中を叩かれた。
暑苦しいシャツ一枚の男が出迎えた説明会会場はビルの一室だ。会議室――と言った方がいいかもしれない。そこにあったのはテーブルセットが一つだけ。それと……
「なん、ですかこれ」
「お、おぉ……気づいたか。これはなぁ、『鍵』だ」
「……へ?」
鍵といわれたソレ――机に置かれたソレを確認する。
ただのドリルだ。強いて言うなら『汚い』ドリルだ。
それでもドリルであってドリル以上のなにものにも見えないのだから僕はどうすればいいのかわからない。
「はぁ……えっと、それで僕は何をすればいいのでしょう、えーっと何さん……でしたっけ」
「アニキ、と呼べ」
「アニ、き……?」
「ああ! アニキだっ!」
ガガガッ! ガガガッ!
「うっ――な、なんだっ、この音っ!!」
「あ? どうした相棒」
ガガガッ! ガガガッ!
遠くから……
そう、ビルの外、あの場所で聞いた音がどうして今ここでっ……!
ガガガッ! ガガガッ!
「アッ……アァッ……!」
「おいっ! おい大丈夫か!?」
「なんでもっ……ないっ、デス」
ガガガッ! ガガガッ!
激しく、それでいて一定のリズムを崩さないあの音がっ――
ガガガッ! ガガガッ!
現世と前世を交わらせ――
ガガガッ! ガガガッ!
あの地へ導く歌となる――
ガガガッ! ガガガッ!
『俺』の心を刺激するッ――
「……おい、新人?」
「…………」
「え、あの……え? 大丈夫? もしかしてクーラー寒すぎたとか」
「平気だ。それよりアニキ、コイツは」
「え、ああコレね。今から説明する」
シャツの前を全開にしたアニキはクールな仕草でソレの表面――わずかな光沢のある部分――を撫で付けた。
「GXシリーズ……ですねそれも旧型の」
「――いつから気づいていた」
「……前世、から、とでもいいましょうか。お久しぶりです。アニキ」
「ふっ――こんな形で再開するなんてな」
互いの認識を統一したことで会議室は基地司令室、ビルは戦闘母艦、俺と新しい上司は長年連れ添った戦友と成り代わる。
時を越えた約束の邂逅が今、果たされた。
「シ○ン……よく来たな。よく見ろ、このGXが今回俺達に支給されるドリル。こいつは……」
「ああ、コアド○ル。少々形状は異なるが間違いない」
「お前も、ずいぶん男らしくなったじゃねーか」
「フッ……当たり前だろう。なんせ世界を跨ぎ」
「時間を跨ぎ……」
「また、会えた」
硬く交わされた再開の握手。
連れ添った戦友の手はやはり、前世の記憶と違っていた。
「それで、説明は……」
「ああ、それはボスからな……もう少しで来るはずだ」
「……アニキが上司では?」
「ああ、違う違う。俺も下働きでねぇ、コアドリ○についてもあくまで俺独自の考察でしかない。なんせ形も大きさもまったく記憶と――」
「席につけ~、こ、コラッ! それに触るなっ!」
「ヒィっ! すいませんっ!」
アニキは人が変わったように小さくなり、飛びつくように席に着く。
「………………なるほど、今回の戦場は一筋縄ではいかぬと……そういうことか」
「お前もっ! 座れって言ってんのが聞こえんかっ!」
「ひっ――ゴホンッ。御意に」
会議室の窓から鋭い光が差し込んだ。
目がくらむ。
思わず目をそらした俺はふと、アニキの背中――ティーシャツにプリントされたイラストに注目した。
『グレ○団』
と書いてある。
そうだそうだ。確か団員皆で作ったお揃いティーシャツだ。三千円くらいで買えそうだ。
でも待てよ、前世で作ったティーシャツが現世であるここに――
「こぉらっ! 聞けっ! そこのちんちくりんっ!」
「はいぃっ!」
おっと、ついつい変な声が。
「よし、じゃあ次の現場の説明だ。次もドカタになるっ、機材なんかは同じだから、まぁさっさとメンツに慣れてくれっていうだけの話だが……詳細はここ、資料読んどけよ。何か質問は?」
「…………」
「…………」
やっぱりそうか、またドカターか。
俺は上官の言葉を聞きながらも、目の前のコアドリ○――現世では単にドリルと言う――に因縁めいたものを感じていた。
夢がある。
目指すべき場所がある。
だからこそ、俺はこうして現世に紛れてドカターをやっている。
「前世……か」
「ああ、やってやろうぜ、シモ○」
「フッ――」
目が合った戦友と小さく言葉を交わし、目をつぶる。
いつか見た地中の底。
俺が持っていたのはドリル。
そして今、毎日握っているのもまたドリル。
夢を追い、ドリルを握った俺は今も昔も変わらない。
100万円までもう少し。
夢が叶うその日まで、俺はこうしてドカターをやっていこう。
ドカターはつらいが裏切らない。
振動に身を任せ、心を強く持ち、掘削音を聞きながら。
朝出勤。
夕方帰宅。
夜勉強。
朝出勤。
夕方帰宅。
夜勉強。
朝出勤。
夕方帰宅。
夜勉強。
そうしていつか、機は熟す。
100万溜まったその時に。
道は必ず、開かれる。
それまでコツコツ、やっていこう。
ドリルに恋するメトロノーム【一日一本お題二つでSS/ドリル・メトロノーム/17/3/23】 ふるふるフロンタル @furufuruP
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