海の見える町-2-

 溶けたソフトクリームが、スカートに落ちた。


 あれから、あたしはよく川の駅へ通うようになった。歩いているときは変に深刻ぶってもやもやすることがないし、なにより外の空気は気持ちいい。あの猫とも、時々会っては話をした。ここらの釣りスポット、とか、旬の魚をつかったパスタの作り方、とか、新鮮な魚の見分け方、とか色々教えてもらった。スーパーの魚を選ぶときは、目が光って澄んでいて、体の色が鮮やかにみえるものがいいらしい。結構、勉強になる。


 十一月になると、いよいよ風が冷たくなって遠くにみえる立山の山頂はすっかり白くなっていた。

「あかりさんは、好きな人間のオスは、いるんですか」

 川沿いのベンチに座っていると、あの猫が話しかけてきた。今日の猫は茶色いコートに紺色のネクタイ、そして赤い長靴を履いていて、ふわふわした黒い毛が風に揺れていた。

「今はいないです」

 そう答えると、

「のんびりしてると、人間はじきに絶滅してしまいますよ」

 さらりと言われたので、ぎょっとした。

「それに、あかりさんモテそうにないし」

 失礼な奴だ。それに、図星なのが余計に悔しい。あたしは仕返しのつもりで聞いてみた、

「猫さんは、好きなひと、いるんですか」

「結婚して子供もいます」

「そ、そうですか」

 この猫がもう結婚していて子供までいるということに、あたしは驚いた。猫の寿命は人間に比べてずっと短いので、この猫は思っているよりもずっと大人の猫なのかもしれない。

「あかりさんは」

 言って猫は、あたしの顔を覗き込んだ。あたしは一瞬迷ってから、おそるおそる青い瞳を見返した。猫は、しばらくあたしをジロジロと見まわしたかと思えば、あたしの手の匂いをスンスンと嗅いで、

「うん、よし」

 そう言って、自分のコートのしわを直しながら再びベンチに座った。い、一体なんなんだ。

「なんですか、さっきのは」

 おそるおそる聞いてみたけれど、猫はしばらく正面を向いたままじっとしていた。それからヒゲを丁寧に撫でて、ゴロロ、と喉を鳴らした。なにか考え事をしている様子だった。

 そして、すっとあたしを向いて、

「大丈夫、あかりさんの目は澄んでいたし、肌も潤いがあって輝いていますよ。まだまだ新鮮です」

「あ、ありがとうございます」

 新鮮って、まるであたしが魚みたいな言い方。内心で思った。猫は満足そうに目を細めている。きっと、これは猫なりの励ましなのだろう。小さな猫のくせして、と思ったけれど、もちろん口に出したりしなかった。

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