海のみえる町-1-

 夕暮れの海をみたいな、と、あたしは思った。いつもは疲れきっているのだが、そのときあたしは、なぜか海に行こうと思ったのだ。新湊の海岸までは川沿いを時間をかけて歩いた。ところが海岸まであともう少しのところで夕日は沈んでしまった。そそくさと港町の屋根の陰に隠れていった夕日をみて、ああ、もう少しはやく来ていればじっくりみれたのに、と思った。私はしばらくうろついて、古びたコンクリートのカフェに向かった。川の駅、という名前らしい。道の駅なら分かるけれど、ちょっと凝った名前だな、と思った。

 このへんの人たちはもうほとんど生き残っていないので、昼間でも人は歩いていない、ということは川の駅のご主人から聞いた。歩いているのは猫ばかりらしい。

「やあ、ごきげんよう」

 お店の前のベンチでソフトクリームを食べていたら突然話しかけられた。シルクハットにブラックスーツ、黒い長靴、赤い蝶ネクタイをしているお洒落な猫だった。

「十月になって急に寒くなりましたね」

 猫はそういって、ははは、と笑った。

「お隣、よろしいですか」

 そう聞かれてあたしは、

「ど、どうぞ」

 ぎこちなく答えてしまった。

「ここにくるのは初めてですか」

 猫はそう言い、それからすぐに

「にゃあ」

 とあくびをした。

「いや、その、前に一度だけ」

 あたしはどきどきしながら答えた。

「そうなんですね」

 猫はあたりまえのようにあたしの横に座り、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭いていた。

「この町は、いや、もうどこの町もそうなんですが昔は人間が沢山生きていたんですけどね。ほとんど死んじゃいました。おかげで僕らも働いてご飯を食べなくちゃいけない。昔は沢山もらえていたんですけどね、餌とか家とか」

それからもう一度、にゃあ、とあくびをした。

「お名前は」

 猫は、聞いた

「勝部です。勝部あかり。」

「ああ、古風で素敵な名前ですね。」

「あ、ありがとうございます」

 溶けたソフトクリームが、スカートに落ちた。

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