第14話 con fuoco~燃えるように~

午前4時、barの閉店時間


金曜日の夜は1番お客さんが多い日

土日休みの人が多いのか

閉店時間まで飲んでいる人も他の曜日より多い

金曜日、土曜日以外は殆どのお客さんは

終電までに店を出ていく。


今日は木曜日

23時を過ぎた辺りから段々とお客さんが帰っていく


「今日は引きが早いから

 お店も早めに閉めようか」

「はい」


マスターの判断で今日は早めに店を閉める

締め作業に入ろうとお酒のストック倉庫へ行く


裏の締め作業が終わったので

カウンターへ戻れば女性が1人うつ伏せに


酔いつぶれた?

「お客様大丈夫ですか?」

「う…ん」

「お水置いておきますね」

「は…い」


かなり酔ってる

これじゃ1人で帰るのは難しそう

大丈夫かな


「侑、大丈夫か?」

「はい、ちょっと様子みます」

「うん、あとは僕がやるから

 カウンターで見ていてあげて」

「分かりました」


「ゆ…う…」


「えっ? あの、大丈夫ですか?」


うつ伏せのお客さんが何か言ってるけど

上手く聞き取れない

気持ち悪いのかな…


「お客様、どうしました?」

「ゆ…う」


「……侑」

「えっ…」


アルコールの匂いの中に懐かしい匂いを見つけた

この匂いは…まさか


「由紀」

「ん? なに?」

「悪いけどあのお客さん見ててくれない?」

「あ~酔いつぶれてるね」

「目が覚めたらちゃんと帰してあげて」

「分かった」

「私は裏で片づけしてるから宜しく」

「はーい」


きっとあの人は……

どんな偶然で

こんなの認めない



「あれ、侑どうした?」

「手伝います」

「あのお客さんは?」

「由紀が見てます」

「そっか」


発注や備品整備も終わりあの人さえ帰れば

いつでも店を閉める事ができる



バンッ!


「侑!」


扉を勢いよく開けた由紀


「びっくりした、何?」

「何じゃないよ! 気付いてたの!?」

「何が…」

「椿先生のことに決まってるじゃん!」

「……」

「気付いてたから私に」

「2人ともどうした?

 由紀あのお客さんは?」


「あの人は……まだ居ます」

「じゃ1人にしちゃだめだろ?

 まだ酔いはさめてないはずだよ」

「あの人は侑に任せます」

「由紀!」

「由紀、どういうこと?」

「あの人は私たちの高校の先生です

 それに椿先生は侑の名前を呼んでた…」


「そうか…そうだったか

 実はあの人何度もここに来てたんだ」

「えっ」

「でもいつも侑も由紀も居ない日でな、

 いつも誰かを探してる感じだったんだ

 そうか、侑を探してたのか」

「…」

「侑、ちゃんと先生と話すべきだよ」

「何度も店に来てたぐらいだ、

 何か大切な用事があるんだろう

 由紀の言うように侑が付いてなさい」


今更どんな用が…


「いいね、侑」

「…はい」




カウンターへ戻ってみれば

先生はまだうつ伏せのままだった


「スタッフルーム使っていいぞ」

マスターの許可を得てソファーのある

スタッフルームで休んでもらう事にした


「…あの、大丈夫ですか」

「ん…はい」

「奥にソファーあるんでそこで休んでください」

「……は、い」

「はぁ…肩に掴まってください。案内します」

「…すみません」


まだ酔ってるせいか

先生は私に気付いてない


「立ちますよ?」

「ん……えっ」

「…」


椅子から立ち上がる時に目が合った

すぐに逸らしたけど、気付かれたかも


「ゆ…う?」

「…」

「侑」

「ちゃんと歩いてください」

「待って、ちょっと待って侑」

「…取りあえず移動したいです」

「…分かった」


フラフラと安定しない先生を

何とかスタッフルームへ連れて行き

ソファーに横になって休んでもらう


「侑」

「水飲んでください」

そう言って水の入ったペットボトルを渡す


「起きれない」

「起きて水飲んでください」

「だめ…起きれない」

「はぁ…」

仕方なく隣に座り上体を起き上がらせて

倒れない様に支える


「…ありがとう」


支えるためとは言え

隣に居る事で久しぶりにこんな近くで先生を見る

やっぱり綺麗で可愛い


「侑もう終電無いから今日は泊まっていきなさい」

「えっ?」

「そのソファーベッドになるから

 あと掛け布団は奥の棚にあるから使っていいぞ」

「いや、待ってください

 マスターと由紀は?」

「由紀を送って僕も帰るよ

 先生を置いて帰るなんてだめだからな」

「えっ…」

「じゃ、お疲れ様」

「侑、頑張れ」

「あっ、由紀!」

「じゃね!」

「えっ」


本当に2人とも帰った

そんな……


先生の方を見れば座ったまま寝てる


はぁ…


「起きてください」

「ん…」

「あっちにベッドあるからそっちで寝てください」

「う…ん」


先生をソファーベッドまで連れて行き寝かせる

私はさっきまで先生が座ってたソファーで寝る


「ゆう、ゆ~う」

「…」


今さらそんな風に呼ばないで…


“成瀬さん知らなかった?”


あの時は名前じゃなかったのに…


「ゆ~、ゆ~う」

「…」

「ゆう」

「なんですか」

「来て」

「…」

「来て」

「嫌です」

「来て」

「…」

「侑」

「はぁ…しつこいですよ」

「来てくれるまでやめない」

「はぁ…」


ベッドの脇まで来て立ち止まる


「侑」

今さらそんなに優しく微笑まないで


「侑」

私に向けて手を伸ばす彼女


「はぁ…」

仕方なくしゃがめば頬に手を添えられる

触れられたところが熱くなる


「…ため息ばっかり」

「先生のせいです」

「…私はもう侑の先生じゃないよ」

「…そう、ですね」

「ねぇ、今も私が嫌い?」

「ッ……」

「そっか。でも良いよ、私は好きだから」


えっ、何言ってんの…


「なに言ってるんですか…」

「…なんでもない」

「…またそうやって」

「ん?」

「またそうやって人をからかうんですか!?

 人の気持ち弄んで一体何なんですか!?

 やっと忘れたって頃に急に現れて…

 本当、なんなんですか!」


ゆっくりと起き上がる彼女


「あの時、侑の事傷付けたって自覚はあるよ

 あれ以来、私の事避けてたから。

 でもあの頃、私が侑に言ったことは全部本当だよ

 嘘なんて一つも無かった」


「教師と生徒は恋しちゃだめな事知らなかった?

 この言葉もですか……」


「あの時は私から侑を遠ざける事でしか

 侑を守れないって思ったから…

 確かに教師と生徒、しかも同性で恋愛なんて

 教師の立場で良いなんて言っちゃだめなんだろうけど

 侑は私の中で例外だったの、特別だったの。

 私もちゃんと好きだったよ」


「そんな今更……

 それに守るってなんのことですか…」


美彩は藤堂に脅されていたこと

侑を守るためなら自分はどうなっても良いと思い

藤堂の言いなりになっていたこと

自分から侑を突き放したのに

それでも侑への気持ちは変える事ができなかったこと

卒業式の日、音楽室で見た侑を忘れられずにいたこと

親の都合でお見合いをさせられること

お見合いの前にどうしても侑に会いたくて

部員や卒業生に侑の事を聞いてこのお店に来ていたこと

けど、なかなか会えなかったこと

全てを話した



守られてたなんて知らなかった

ずっと裏切られたと思ってた

それなのに……


「どうして1人で抱え込んだんですか!?

 私が子供だったから?

 先生だけが傷付いてたなんて……

 そんなのダメですよ

 それにずっと先生の事避けてた」


「侑を守れればそれで良いと思ったの

 音大に言ってプロになって欲しかったから

 私がその邪魔をするなんて許されなかった」


「あの頃先生より大切なものなんて無かった!」

「あなたは皆の希望だったの、

 そんなあなたを汚す訳にはいかなかったの

 ごめんね、侑」


泣きながら微笑む美彩


好き やっぱりこの人が好き


「先生は悪くないよ

 私が子供だったから先生を守れなかったから」

「違う! そうじゃないの…

 ねぇ、今だけ…

 今だけでいいからあの頃に戻れないかな…」

「えっ」

「私ね、お見合いしたらきっとその相手と結婚するの

 だから、その前にどうしても侑に会って

 ちゃんと好きって伝えたかったの。

 たとえ結婚しても私が好きなのは侑だけだよって」


「……」

「侑?」

「嫌だ」

「えっ?」

「椿先生がまた誰かのものになるなんて嫌です!

 それにこれが最後みたいに言わないでください!」


やっと、やっとあなたの気持ちを知れたのに

どうしてまた他の人のところへ行くんですか

どうして…

悔しくて涙を抑えられなかった


「侑…」


侑に手を伸ばしかけてやめる

私はもうこの子には…


でも、侑はその手を掴み離さなかった



きっと藤堂との過去やお見合いの事を

気にしてるんでしょ?

そんなの関係ないよ

もう全部関係ない、もう全部……


「好きです」

そう言って自分から先生にキスをした


「先生」

「侑…名前で呼んで?」

「……美彩」

「侑」


ずっと大好きだった名前を呼べば

彼女の瞳から涙が溢れた


「侑」

「美彩」


お互いの名前を呼び合い

何度も何度も唇を重ねる

心から好きが溢れていく



ゆっくりと美彩を押し倒し覆い被さる


藤堂あの人とどんな事をしていようと

 そんなの関係ない。

 お見合いだってしてほしくない。

 好きなんです

 ずっとずっと好きだった」


「私も、私も好き」

「愛してる」

「私も愛してる」


そしてまた唇を重ねる



そっと美彩のブラウスの裾から

手を入れてお腹に触れる


「んっ、侑」

「我慢…できない…」

「ふふ、いいよ」


そんな寂しそうな瞳で見つめないで侑

愛おしくてたまらなくなる

私の大好きな綺麗なその瞳がたまらなく好き

もう二度とあなたを離さない

もう誰にも邪魔させない


ずっとあなたに会いたかった

“好き”と言いたかった

三年も時間が掛かっちゃったけど

初恋の続きを今……

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