春霞

杉山実

第1話宮城の新年

             5-1

「20世紀最後に成った!」

年末のカウントダウンのテレビを見ながら、高校二年の由美は何故か今夜は、はしゃぐ弟を見ていた。

「隆、今夜は嬉しそうだよ」

明日の朝四人で初詣に行く衣類を用意する母、美代に言った。

「は。な。び」

隆が片言の様にテレビの画面を見て言った。

「21世紀に成ったら、隆の病気も治るのかね」

「お父さんもうすぐ帰るかな?」

父貴之は蒲鉾の工場に勤めていて、年末迄は大変忙しく毎年歳が開けての帰宅だった。

弟は中程度の精神薄弱で、施設の学校の中学クラスに通っている。

二人の上にもう一人姉の里美が居るのだが、美容師なので年末年始は中々帰れない。

まだ国家試験に合格をしていない美容学校に行きながら、美容院に勤めていた。

二人の姉妹は弟の病気の事が有るので、進学は里美が中学の時に「由美、私達は高校卒業したら、手に職をつけて、両親の負担を減らそう」そう話していた。

それは弟の将来の為に両親の蓄えは使って、自分達は自立しようと云う意味だった。

由美は勉強が多少出来たので短大にでも行きたいと思っていたが、姉の言葉と弟を見ていると、とても言い出せる雰囲気ではなかった。

高校生に成ってからはバイトをしてお金を貯めていた。

由美は小さい時からお金を貯めるのが好きだった。

友達にケチ由美と言われる事も多かった。

でも何故かその様に云われるのがいつの間にか自分の使命の様に思っていた。

「由美!今年は進学か、就職?専門学校を決めないといけないね、お母さんは由美が勉強出来るから進学が良いと思うのだよ」

「ダメよ、お姉さんがもう働いて居るのに、私だけ学校には行けないよ」

「お金なら、何とか成るよ」

「隆の為に必要でしょう?」

「そりゃ、そうだけれどね、由美も勉強して良い所に就職して、良い人と結婚したいだろう?」

「。。。。」夢はそうだけれど、現実は無理だよ、二人はお互いに判っていた。

美代は隆が居るから中々難しい事を、由美も経済的に難しい事を、でも新年から夢の無い話しが出来ない二人だった。


宮城の冬は寒い「ただいま!」と玄関が開いて「あっ、お父さんだ」由美が出迎えに走って行った。

後を追う様に隆が付いて行く「お。か。え。り」と隆が言うと、貴之が隆の頭を撫でて「明けまして、おめでとう」と笑うのだった。

「お父さん、お疲れ様」由美が言うと、奥から美代が「お疲れ様、お風呂に入る?」

「そうだな、今年はカウントダウンのイベント用の蒲鉾で、会社は儲かったのじゃないかな?」

「臨時ボーナス?」嬉しそうに言う美代に「それは無いだろう」と笑う貴之。

「十一時には出ましょうね」

「大崎八幡宮は久しぶりね」由美が嬉しそうに言う。

「初詣の人が多いから、隆と手を繋いでいてよ」

「はい」

「ぼ。く。だ。い。じょう。ぶ」

「去年は小さい神社でも迷子だったじゃない」

父の貴之に似て子供は背が高く、由美も高校二年で165センチのスラリとしたスリムな体型だった。

由美は専門学校に行って就職しようと心では決めていた。

でも何を勉強しなさいと云われるとか、何がしたいわけでも無かった。

本当は大学に行きたい気持が有った。

クラスの友達の大半は大学、短大で専門学校、就職は極少なかった。


その年の春、看護師に成ると友人の一人に聞かされて、自分も看護師の仕事をしてみようと決めるのだった。

弟、隆の病気が心の何処かに有ったのかも知れなかった。

ある日「お母さん、友達の美由紀がね、東京の看護学校に行くらしいの、私も一緒に行こうと思うのだけれど良いかな?」

「東京は物価が高いから大変だろう?」

「学生寮に入るから、大丈夫みたいだよ」

「学費は何とか出してあげるけれどね」

「学費有れば、後は大丈夫だよ、バイトするから、東京は田舎と違って一杯就職有るから」

「変な、バイトしたらダメだよ、お嫁に行けなくなるからね」

「判っているわ!美由紀がね、今度の連休に下見に行こうと言うのよ、行っても良いかな?」

「東京は恐い所だからね、よく見て来るのだよ、自分に合ってなかったら地元にも学校は有るからね」

「はい」とは答えたが都会に憧れが有ったのは事実だった。

由美は姉の影響も有って、美容関係にも興味が有った。

時々姉の道具を使って叱られた事も有ったのだ。


高校二年の新間由美が友達の須藤美由紀と一緒に、東京に出かけたのは一月の連休だった。

二度目の東京、今日は学校を見て東京に宿泊して明日の夜に宮城に帰る予定に成っていた。

新幹線を降りて中央線に移動する。

沢山の人に飲み込まれそうに成る二人、行き先の掲示板だけが頼りで長いエスカレーターに乗る。

「凄い、高いね」と由美が言うと「田舎者だと思われるから」と小声で美由紀が言う。

廻りの人が聞いていたのか、笑っていた。

その中に山下巧美もいて、勿論友人二人と一緒に目で合図をする。

美由紀は比較的可愛い垢抜けした学生、由美も普通の学生だった。

唯背丈が高い靴を履くと百七十センチを超えるから、あだ名はジャイアントと呼ばれていた。

毎日の様に背丈が伸びている様な気がするのだ。

エスカレーターを登り切ると始発の電車が停車している。

乗り込む二人は、バックを持っているから直ぐに田舎から来た学生だと山下達には判っていて、美由紀に目を着けたのだ。

由美達が座ると前の席に三人は腰を下ろした。

しばらくすると車内は混んで来て、年老いたお婆さんが乗り込んできた。

由美は素早く立ち上がって、その老婆に席を譲った。

今度は子供を抱いた女性が二人乗り込んで来る。

美由紀が席を譲ると遠慮しながら座る女性、発車するとお茶の水駅でまた老人が二人乗り込んで来た。

すると由美が山下達の処に行って「席を譲ってあげたら?」と話しかける。

「何故?譲るの?」と山下が言うと「元気な若者が譲るのは当然よ」

「田舎者の姉ちゃんが何、格好付けている」由美の袖を美由紀が引っ張る。

「止めてよ、此処は東京よ」

田舎では時々由美は同じ行動をするから、美由紀が怯えて止めた。

立ち上がる三人を見て「わあ、良い感じ、譲ってくれました」と言って老人に席を指さした由美だった。

「降りな、姉ちゃん」と恐い顔の若者。

「判ったわ」ドアに近づくと、扉の閉まるのを見計らって、三人を押した。

二人が押されて電車の外に、山下だけが車内に残って電車が発車した。

「何をするのだ」と怒る山下に「早く降りないから、はぐれたね」と笑った由美、この連中は一人に成ると大人しい事をよく知っていた。

「よく見ると可愛いね、」

そう言われて怖く成る山下、殆ど背が変わらないから、小柄な山下には由美達が女番長に見えていた。

次の駅で慌てて降りる山下「覚えていろー」の捨て台詞でホームに消えて行った。

田舎なら拍手喝采なのに、何事も無かった様に電車は新宿を過ぎて走るのだ。

こうして二人の東京は始まった。



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