第42話 巣という罠
その日の深夜。
結局、僕がロゼッタにエルシィとの関係を話すことはなかった。
「うぐっ……ひっく……おえ……!」
「僕に向かって吐くなよ?」
「ひっぐ……うぅ……うぇ……おえ……!」
「吐くなよ?」
ロゼッタは僕のベッドで散々咽び泣いた後、疲れ果てたのか隣で眠ってしまった。
彼女が持つ体力の少なさには呆れる。僕は彼女の顔に残っている涙の雫を軽く拭き取り、彼女の横にそのまま力を抜いた。ため息を吐き、ぼんやりとテントの外へ目を向ける。
「もう朝か……」
遠くの空が白んでいる。空気が肌を刺すように冷たい。
また今日も、基地の復興作業やら残っている魔蟲種の討伐やらが待っている。面倒くさい。刑罰したくねぇ。
喜怒哀楽の激しいロゼッタとカミリヤに付き合っていると、僕まで疲れてしまう。早朝から疲労を溜めてしまったらしく、欠伸が出た。
ロゼッタにエルシィのことを話さなくてよかったのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は目を閉じた。
* * *
翌日のことだ。
「魔蟲種の巣らしき場所を発見した」
囚人管理の担当者からそんなことを言われた。
テントで眠っているところを叩き起こされ、カミリヤと共に無理矢理その場に立たされる。
どうせ雑用の依頼だろう、と思っていたところに、まさかの情報が飛び込んできた。
魔蟲種の巣。
目の前にいる男は、その口で確かにそう言ったのだ。このワードの登場で一気に眠気が吹き飛び、意識が鮮明になっていく。
「そっ、その情報、本当なんですか!」
「ああ。今朝、帝都から派遣されてきた伝達員が持ってきた情報だ。信頼度は高い」
魔蟲種の巣らしき場所。
本当に発見されたのならば、これは世間を揺るがす重大ニュースだ。
あらゆる国家が魔蟲種の発生源を探していた。これを破壊すれば、世界中で起きている魔蟲種の被害を食い止めることができる。謎の多い魔蟲種の生態解明に一歩近づく。
ただ、その情報に疑問はあった。
なぜこれまで発見されなかった巣が、今になって急に姿を現したのか。
帝国軍は何度も巣の位置を特定しようと尽力してきた。国内も植民地も、あらゆる場所を捜索した。それでも発見には至らなかったはず。
それなのに、易々と発見された。
発見された場所は帝国領土内らしい。廃墟と化した集落に多数の巨大な繭が見つかった。
「帝国軍は殲滅作戦を計画中だ。お前たちにも、そこへ向かってもらう」
こうして僕らは再び牢馬車に乗せられたのだ。
* * *
巣の発見を受けて、帝国は急遽殲滅作戦のために必要な人材を集め始めた。
そのなかには、もちろん僕ら囚人部隊も含まれている。現地で合流し、巣を取り囲んで壊滅を狙う。
予定では、どんな魔蟲種も楽々と倒せるほどの戦力が集結するらしい。
数千名を超える帝国兵に、帝国の最新兵器も投入される。
この巣を撃破することで周辺各国に恩を売り、帝国の強さを知らせる
だが、不安が僕の頭を離れない。
巣の急な出現。
僕にはどうしてもこれが、帝国兵を集めるために魔蟲種が仕掛けた罠のように感じてしまうのだ。
「どうして急に巣が……」
「多分、ヘレスが関係しているわね。ヘカトロンの完成が近くなったから、本格的に人間へ戦争を仕掛けるつもりなのかも」
ゴトゴトと揺れる牢馬車の座席で、ロゼッタは俯きながら呟いた。
「何かね、嫌な気配が近づいているような感覚がするの……」
「その巣に、
「分からない……でも、そうかもしれない」
先程から彼女の顔色が悪い。
体も小刻みに震えている。
僕が彼女の手にそっと触れると、氷のように冷たかった。
「大丈夫か、無理してないか?」
「大丈夫ではないけど……今は無理でもしないと」
「戦闘が始まったら、後方に下がっていいんだぞ?」
「本当にごめんなさい……私が『勇者召喚』さえできれば……!」
彼女は唇を噛み締める。拳を作り、膝の上で震わせていた。
ロゼッタは術を使えない自分に焦っているようだ。
「大丈夫だ。帝国軍もそれなりに強い」
「うん……」
「これが魔蟲種との最後の戦いになることを祈ろう」
「うん……」
本当にその巣が魔蟲種の発生源ならば、それを破壊することでヤツらとの戦いは終わるはず。
僕は不安がる彼女に寄り添い、勇気付けながら現地に到着するのを待ち続けた。
現地に集められる帝国の戦力ならば、並みの魔蟲種なら簡単に片付けられるのは間違いない。
だが、
それが僕の抱える唯一の不安だった。
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