全てが消える町

青空リク

ある男の話

ここは全てが消える町。

過去も、未来も、そして己も。

ここへ来たものは皆、一通の手紙を書く。

 

一人の男が来た。

暗闇に声が響く。

“ここのルールは知っているな?

お前は今から消える

一通手紙を書け

望む場所 どこへでも届けてやろう”


暗闇に便箋が現れる。

男はそれを取り、近くに現れた机で手紙を書き始めた。



暗闇の中、手紙を書く音だけが聞こえる。

……その音が、止んだ。


男は手紙を封筒に入れると、目の前のポストに入れた。



“さぁ……お前は消える”

「あの……。」


“……なんだ?”

「俺の手紙は……届きましたか?」


“あぁ 当たり前だ どこにでも届けると約束しただろう? 準備は……いいな?”


「はい。」


男は幸せそうに微笑み、消えていった……。




カツンッ

ある家に手紙が届いた。


その家に住んでいる老女がその手紙を取る。

切手も消印も無い。

宛先は“俺を愛してくれた人へ”


部屋へ戻りながら、差出人の名を見れば、その名には見覚えがあった。

前に施設長をやっていた施設で預かっていた子だ。

親に虐待をうけていたせいか、最後まで心を開いてはくれなかった。

彼女は今でも時々その子を思い出していた。


何故今手紙を……?


そう思いながら、彼女は手紙を読み始めた。



『俺を愛してくれた人へ』



この手紙は届くか分からない。

俺を愛してくれた人なんているのか分からないから。

俺は今“全てが消える町”にいる。

ここは己を消される代わりに、何処へでも手紙を届けてくれるらしい。


俺は最近ガンが見つかった。

痛みに耐えながら一人寂しく死ぬくらいなら、いっその事自分でその命を絶ってしまおうかと考えていた。

だけど気付いたらここに居た。

俺は最期に一つだけ知りたいことがあった。


俺は幸せだったのか?


子供の頃、親に殴られた。

何度も死ねと言われ、自分に価値は無いんだと思っていた。

痛くて、怖くて。

それから人が信じられなくなった。

今まで誰にも本心を見せずに生きていた。

今になって後悔してる。

あの時こうしてれば……何度もそう思った。


貴方にもひどい態度をとってしまったのではないだろうか?

本当にごめん。


俺は幸せというものがよく分からなかった。

でも、今なら分かる。

俺は今幸せだ。

これを読んでいる人がいる、そう思うだけで俺自身が全て肯定されている気がする。


手紙を初めて書いたから、言いたいことが伝わったか分からない。

だから、最後に一つだけ。



俺を愛してくれて有難う。

俺は今幸せです。

俺はもう消てしまうけど、どうか俺を忘れないで。


どうかこの手紙が届きますように。


…………………。



老女は泣いていた。

悲しみからではなく、悔しさからだった。もっと自分に出来たことがあったはずだ。

彼女は彼を確かに愛していた。



全てが消える町……。

死者の世界などという噂を聞いたことがある。

だとすれば彼はもう……。


電話の音がなった。

彼女は何かを思い出したかのように、受話器をとった。


「えぇ。そう……。無事に産まれたのね。……良かった。」


彼女に孫ができたらしい。


「名前は決めてあるの?……えっ?――?」


その名は先程の手紙の差出人と同じだった。


「――……。」


彼女はその名をつぶやいた。



次は、次こそは彼を一番に愛してあげよう。

時間が許す限り……。


……………。


ここは“全てが消える町”

記憶も、感情も、そして己も。

ここへ来たものは皆、一通の手紙を書く。

そしてやら直すのだ。

後悔ばかりの人生を。


ここの主は願う。

一人でも多くの人が幸せな日々をおくれるように。

だから暗く寂しい、この町にいるのだ。

人を明るい未来へ届けるために。


また一人この町に人がやってきた。

主はいつも通り客人に語りかける。

“ここのルールは知っているな?

お前は今から消える。

一通手紙を書け。

望むところ、どこへでも届けてやろう。”

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