第15話 梅雨明け、そしてはじめての夏2

「何? どうしたの、二人とも?」


 ワカちゃんの声で我に返った男の子は、視線を避けるように俯くと、にあったサンダルを突っ掛け、あたしの脇をすり抜けた。


「ちょっと出てくる」

「えっ? 何? どこ行くの?」


 ワカちゃんの問いかけも完全無視で、そのまま振り返ることもなく、玄関から出ていってしまう。

 一瞬強く差し込んだ光は、ドアが閉じるとともに消え、辺りはたちまち薄暗くなる。

 行ってしまう。

 また、あの子が行ってしまう。

 あたしを無視して、一人で。

 このままずっと、話すこともなくなっちゃうのかな。

 そんなのはイヤだ。

 絶対にイヤ。


「ゴメン、ワカちゃん。これ、お願いっ」

「えっ、ちょっと、菜月っ?」


 あたしはカバンをワカちゃんに押し付けると、玄関から飛び出した。

 灼熱の太陽が容赦なく照り付ける、夏の午後。

 家の前の道路には、人っ子一人歩いていない。

 どっちへ行ったの?

 一か八か、あたしは右へ走った。

 さっき来たのとは、逆の方向だ。

 最初の曲がり角を覗くと、黒いラインの入った白いTシャツに黒いハーフパンツを穿いた男の子が、次の角を右に曲がっていくのが見えた。

 あの子だっ。

 あたしは全力で駆け出す。

 サンダルじゃ走り辛いけど、それは向こうも同じだし、こうなったら意地でも絶対追い付いてやる。

 角を曲がると、道の先には、まだあの子がいる。

 走りながら、あたしは叫んだ。


「待ってっ。キミっ。翔大くんっ! 天生翔大くんっ!」


 あの子の動きがピタリと止まった。

 あたしは、彼に駆け寄っていく。


「それでいいんだよね、キミの名前」


 荒い息混じりに尋ねると、彼がようやくこちらを向いた。


「ああ、そうだよ」


 どこか諦めたように笑い、彼ははじめて名乗りを上げる。


「羽奏の弟の、天生翔大だ」

「どうして、教えてくれなかったの? ワカちゃんの弟だって」


 改めて見れば、彼とワカちゃんは確かに似ている。

 そっくりじゃないけど、目元の感じとかまとう雰囲気がなんとなく。


「……ヤだったから。最初から羽奏の弟だっていったら、友達の弟としか見なくなるだろう」

「そんなこと――」

「あるよ。羽奏の友達はみんなそうだ。人のこと、可愛いとかかしやがって」


 確かに、モモちゃんもそんなこといってたけど。


「じゃあ、あたしの名前とかいろいろ知ってたのも、ワカちゃんに聞いたの?」

「直接聞いたわけじゃない。前、羽奏と一緒にいるとこ見かけて、そんとき羽奏が呼ぶの聞いて知ったんだ。そんときから菜月のこと、可愛いなって思ってたよ」

「えっ?」


 いきなり、何言い出すの?


「そのあと、偶々たまたま菜月が兄ちゃん――榮兄ちゃんに告白するとこ見て、そんときの菜月が、すごく一生懸命で可愛いかったから、まるで自分が告白されたみたいにドキドキして、オレ、それで菜月のこと、好きになったんだ。だから、うまくいくといいなと思って、毎日こっそり様子を窺ってたんだけど、そしたら、兄ちゃんがOKして、菜月すごく嬉しそうで、見てたオレまでよかったって泣きそうになったよ。なのに兄ちゃんのヤツ、すぐにふりやがってさ。それから菜月、ずっと泣きそうだったし、元気付けてあげたいなって思ったけど、オレにはただ見てること以外、どうすることも出来なくて。そしたらあんとき、道路にびしょ濡れの菜月がいて、オレを見てて、すごく驚いた。でも、これは神サマがくれたチャンスだとも思った――って、いいたいこと、ちゃんと伝わってる?」


 あたしは、こくこくと頷く。

 長々と語られた想い、ちゃんと伝わってるよ。


「だから、羽奏のスマホ見て、菜月の好きなモノ調べたり、いろいろ頑張ってたつもりなんだけど、こないだ出と一緒にいる菜月見たとき、やべぇバレるって焦って、変な態度とっちゃって。すぐにちゃんと謝りたかったけど、林間の準備とか忙しくて全然会えなくて」


 あれ?

 しばらく会えないってそういう意味?


「林間中はメールも出来ないし、菜月怒ってたらどうしようって、ずっと気になってたんだけど、そしたら今日いきなり家に菜月がいたから吃驚して、おまけに羽奏の弟だってこともバレちゃって、もう本当にどうしていいかわかんなくなって、とりあえず逃げました。ごめんなさい」


 そういって、彼はペコリと頭を下げた。

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