黒薔薇の暗殺者
「にだいめ、じゅんきし……?」
首なしの裁定者の黒馬に乗る
裁定者は、やはり理解していなかったかと、懸念していたことがその通り過ぎて、思わず首も口もないというのに、吐息を漏らした。
「世界最強の騎士王国、エタリア。騎士王と呼ばれた聖騎士を元に作られた王国だが、その国の防衛を任されているのが、エタリア騎士団である」
「ぼう、えい?」
「国を護る役目……いや、仕事のことだ」
「しご、と……うん、わかる。しなきゃいけないこと、だよね」
「そうだ。国を護るためにしなければいけないことをする者達。それがエタリア騎士団だ。そして、代々その副団長となった女の騎士に与えられる称号が、
理解したのかしてないのか、滅悪種はうぅと唸ったあとでうんと頷き、
「で、それがどうしたの?」
わかっていなかった。
しかし裁定者は気にする様子はなく、まぁ当然だろうという様子で捕捉する。
「今回の戦争には、同じエタリアの純騎士が参戦している。彼女は十代目だ」
「じゅう、だい、め……」
「十番目に純騎士の名を受け継いだものだ」
「その、にだいめとじゅうだい、め……なかま、なの?」
「二代目は、十代目してみれば先代となる。仲間と言われれば仲間であろうが、彼女達は実際に顔を合わせたことはない。十代目からしてみれば、二代目は彫像や資料でしか対面しない存在といえよう」
「?」
「同国の生まれだが会ったことはなく、十代目からしてみれば出会ったこともない憧れの騎士、ということだ」
あぁ、と滅悪種はまたも、半分理解し切れていない様子で返事する。
しかしそれでも、裁定者は音を上げる様子はない。滅悪種が理解し切れていない部分を教えてやろうと、言葉を選んでいた。
「我が懸念するのは、二代目と十代目の相性である」
「やっぱり、なかまどうしたたかえないって、はなし?」
「そうではない。相性とはすなわち、戦闘手段――戦い方の違いである」
「たたかい、かた……?」
滅悪種はそもそも、戦い方という概念をあまり理解していなかった。
彼女のこれまでの戦いとはどれも、一方的に滅悪種が殺すだけのただの殺戮だった。
故に最中に攻防が存在し、駆け引きが存在する戦いという概念を、彼女はあまり理解していなかったのだった。故に彼女としては、戦争という概念すら、理解し切れてもいない。
他の人を殺せば、天界に行ける――程度の浅い理解だ。
勝敗、などという概念を理解しているはずもない。自分が殺されるまえに、他人を殺す。それが勝敗なのだが、それに勝敗という名がついていて、尚且つ勝負と言うのだと言うことも、彼女の理解の未だ外である。
故に戦い方と聞いた彼女は、戦い方も何も殺せば終わりじゃないの? と言いたげだったが、裁定者が殺し方だと言い直すと、滅悪種は少しだけ理解の幅を広げた様子だった。
だがしかし、殺し方と言っても彼女はいちいちどう相手を殺すか、などと考えた試しがないので、なんでそんなことに悩むの? と理解し切れてはいなかったが。
「二代目は暗殺を主とし、十代目は一対一の真っ向勝負を主とする。相反する戦い方である」
「?」
「暗殺とは陰から敵を討つこと、相手の不意を突くことを主とする。敵との距離が関係ない二代目にとって、陰のある場はあの者の狩場。十代目は、為す術もないであろう」
「……影?」
と、滅悪種は自身と自身を乗せる黒馬の影を見下ろしたので、裁定者は、隠れられる場所だ、と捕捉する。
「そして、十代目はそれと反して、真正面からの一対一を得意としている。一対一で、互いに隠れられる障害物がないのなら、あの者の剣は必ずや敵に届くだろう」
「……? それって、どっちが、いいの?」
「殺すのであれば、暗殺技術に長けた二代目に分があるであろう。黒薔薇と呼ばれたあの者の暗殺は、その美しい花弁に見惚れていると、棘の棘にて首を差されると表現される」
「? すごいって、こと?」
「そうだな。あの者を美しいと見続けていると、いつの間にか殺されている、ということだ」
「それは、こわい……じゃあ、じゅーだいめ、は? こわい?」
「フム……十代目の剣は、隠れることはない。不意を突くことはあるだろうが、しかしすべては真正面から来る。一対一の果し合いに、誇りを抱いているのだろう。暗殺と比べると、陰から襲われることはないだろうが……しかし、真正面から斬りに来る」
「それも、こわい……でも、いつの間にか殺される、よりは、まだ……」
「そうか」
「じゃあ……どっちが、つよい?」
それは場合にもよるが、と言いかけて、裁定者は少し考えてから。
「二代目であろうな。この大陸において、隠れる場所はどこにでもある。其方のようにそれごと消失させてしまう術も、十代目にはない。魔術における才を持たないあの者では、まず勝てないであろう……が」
裁定者は、言い留まる。
二代目が勝つとハッキリ言いきろうとしたが、やはりこれは場合によるなと踏みとどまった。
どこかで目の前の少女が呼んだ騎士の方が強いと言ってやることで、少女を安心させたいと、どこか心の奥で思っていたのかもしれないと、自己考察をしてみる。
そして、彼女がここで癇癪を起しても困るからという理由で、半端に嘘を付こうとしていた自身を否、と否定し、少女に自身の考察を改めて述べた。
「もしもだ。仮に開けた場所で戦うようなことがあれば、正面から十代目にも充分勝機がある。二代目と違って、十代目は真正面からの戦いに特化している故、その得意分野を生かすことさえできれば、十代目にも勝機はある」
「ひらけたばしょ……って、どこ?」
「其方に言ってもわからぬだろうがな。ここは神話大戦大陸・アトランティア。神獣の住む森に女神の涙が溜まってできたという湖、様々な場所がある。その中でも最大の平地と言えば、そこしかあるまい」
「
骸皇帝と他の参加者達の激しい戦いが繰り広げられた、巨人の食卓と呼ばれた平地、
神話の戦いにも匹敵する激闘が起こったその平地に、黒薔薇の暗殺者、二代目純騎士は立ち尽くしていた。
本当に、運がいいですね……大陸にこんなところがあるとは。
暗殺には不向きな開けた場所。その真ん中で、十代目純騎士は待ち構えていた。そして彼女の頭上の空を舞うのは、天使。
先ほど十代目を助けたのはあの天使ですか……天使の飛行速度なら確かに、私に追いつかれることなくここまで運べましょうが……手を結びましたか。まぁ、私の主のことを知っているのなら、当然の策でしょうが――
と考える二代目は、同時に空の天使に警戒を配る。
純騎士を助けたとき、天使は剣ではなく魔力の塊を射出して来た。すなわち遠距離攻撃が可能ということ。
天使の射程圏の広さは、純騎士救出の際に見て取っている。そして現在位置がすでに、その射程圏内。
開けた場所故に隠れることもできず、一五メートル以上離れているので魔術によって死角から突くこともできない。二代目としては、天使には退散願いたいのだが、生憎と天使にその様子はない。
だが同時、攻撃を仕掛けてくる様子も、まだ見られない。
確実に自身の方が有利だというのに、純騎士に任せようというその方針の意味を、二代目は考える。が、わからない。
十代目が任せろと……? リベンジマッチを望む人には、見えませんでしたが。
だが暗殺には不向きな場所に飛ばせたのは、十中八九、二代目の魔術を知っている純騎士のはず。ならば少なくとも、相対する気概はあるということか。
「その度胸だけは認めますが、あれから一時間も経っていません。この一時間で何が変わったというのです――?」
二代目は再び、一時間前にも純騎士を圧倒した魔術で距離を詰める。
黒薔薇と呼ばれた暗殺者、二代目純騎士の鮮やかな暗殺術は、十代目の白く美しい
だがその直後、純騎士の鮮やかな後ろ回し蹴りが、二代目の手からサーベルを弾き飛ばした。
二代目はすぐさまその場を離脱し、サーベルを拾い上げるが、突然の純騎士の動きのキレの違いに驚き、再度の特攻をし損ねた。
純騎士は二代目を目尻に据え、威圧するようにレイピアを振るう。
そして見せたのは独特の構え。
レイピアを使うに最も相応しいと、使い手ならばやらない者はいない競技、フェンシング。
フェンシングは剣を持つ右手以外――すなわち、左手を防御に使ってはいけないという規則があり、純騎士もまた、極めてしまったが故に、レイピアを使う際、左手を封じてしまう悪癖が存在した。
だがそれを御し切れなかった時代など、今の純騎士からしてみれば遠い過去の話であった。
清く正しく美しく、正々堂々真正面から、一対一のフェンシング。魔術を極められない純騎士が選んだ、自身の正道。
自身の性根にもっとも合っていると思っていたからこそ、極めた競技。
だからこそ、それを否定する者には――陰から狙い撃つような輩には、自らの正道を叩き込むため、邪道ではあるものの、その正道に引きずり込むために、純騎士は競技を穢す手すらも、身に着けなければいけなかった。
「先ほどは取り乱しましたが、この状況ならば、あなたに後れを取ることもありません。先ほどとは同じ、と思わないことをお勧めいたします、二代目様」
呼吸は静かで、美しい佇まい。右手のレイピアは一切震えておらず、その目はただ、一直線に敵のみを捉えている。
その真っすぐな姿勢と視線からは想像だにしない、純騎士の先手が――
「お覚悟を」
レイピアの軌道につられてサーベルで防御しようとした二代目の首根を、純騎士の手癖の悪い先手が突いた。
さも、鋭きレイピアの如く。
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