“慟哭”二代目純騎士
この戦争における最大の障害と思われる
別段、一時期とはいえ彼と行動を共にしたから同情してしまうとかそういうのではなくて、ただ単に強い相手とわかっているから、緊張してしまうというだけの話である。
そして
思えば骸皇帝との戦いで会ったときも、言葉は一度も交わさなかった。
結局彼女とは互いに互いを理解し合えぬままに、終わってしまったような気がしてならない。
叶うなら、彼女とは一度ゆっくり話したいと思わなくもなかった。
彼女の父を殺したというエタリアの騎士について、ちゃんと話を聞きたかったし、謝罪もしたかった。
無論、そんなことをしたところで彼女は許してくれなかったかもしれないし、この首を差し出すことになったかもしれないけれど、それでも、放っておきたいとは思えなかった。
彼女もまた、国の防衛のために出てしまった犠牲の一人だというのなら、彼女とは面と向き合うべきだったのだ。
二〇年前に彼女の父を殺したという騎士。その後代である自分だからこそ、彼女とは面と向かって話し合うべきだったと思う。
もう今更どれだけ後悔したところで遅いけれど、しかしそう思ってしまうところもある。
そう言えば、あの天使の少女は大丈夫だったか、なんて思い出す。
魔天使曰く、脳の抑制が外れて危ないとかなんとか言っていたが、その危機は脱したのだろうか。龍道院も魔天使も脱落した今、彼女を守ってくれる人はここにはいない。
しかし、だからといって彼女に敵対する意識があるのなら、敵対する他今はない。
こちらとてようやく、この戦いに懸けるものが現れたのだ。故に譲れない。
そもそも玉座に座る者を決めるためと公言していたのに、魔天使殺害計画という本性を持っていたこの戦い。その計画を果たした天界が、この戦いを最後までやる気はあるのだろうか。
魔天使にそこまでは訊かなかったことを、ちょっとだけ悔む。
骸皇帝を倒して得た玉座の位置情報も、遠すぎて結局活用できなかったことも悔まれる。
なんだかんだで二日経ってしまった。玉座の場所はわからず仕舞いだ。玉座の位置を知るには、また誰かを殺すしかないが――
残りは、天使の少女ともう一人。もう一人とは、まだ邂逅すらし得ていない。
一体どんな相手だろうか。山を持ち上げたり粉砕したり、骸皇帝でないとすればそれはそのもう一人の仕業なのだろうが、もしかして骸皇帝を凌ぐ魔術師なんだろうか。
そう思うと、なんだか不安に駆られそうになるが、そんな不安など振り払える。
今までだって、未知の敵。強大なる相手と戦ってきた。その都度不安もあった。だがすべて振り払って来た。
ここまで来れたのは、その不安があったからこそとも思う。
敵に対して恐怖を感じないのは、自身の力を過信しているからか、恐怖することをやめたからだ。それは生物として、死へ直面するきっかけである。
故に死なないために、死にたくないがために、純騎士は恐怖する。純粋なる恐怖を以って、それを律することで戦いを制す。
それが純騎士である。
もっともそんなことを意識して戦ったことなど、今までないのだが。
「ともかく、進まないといけませんね……こんなところで待っていても、玉座が出てくるわけではないでしょうし」
実際、玉座が現れる場所は完全にランダムのため、突如として目の前に玉座が現れるなんてこともあるのだが、純騎士はその可能性を無視して進む。
永書記を倒したときに得た位置情報と、骸皇帝を倒したときに得た位置情報を脳内で照らし合わせ、そこから可能性のある場所を導き出す。
完全ランダムで出現する玉座に、法則などあるわけもないかもしれない。
だがもしもそれが完全なランダムではなく、天界の魔術式か何かによって決まっているものだったとしたら、まだ可能性はある。
二人の敵を倒したからこそできる計算だ、ズルいとは言わせない。
まぁ計算と言っても、勘の部分がかなり大きいが。
「……行きますか」
大体の位置は掴めた。
二度目の位置情報取得の際、脳内に送られるマップで大陸の全体像を把握。そして方角も確認した。太陽の位置から、方角も確認できる。
故に位置に関しては、そこまで心配することもない。
方角を確認した純騎士は、目星の方角に足を踏み出そうとした――
――そのときだった。
「そこの貴様、もしかしてエタリアの騎士でしょうか?」
貴様と見下す呼び方をしながら、丁寧な言葉使い。
昔は貴様も目上の人に使う言葉だったなどという歴史を知らない純騎士は、そのどちらにも振り切れていない存在を見つめ、どういうことだと目を細めた。
魔力は確かにある。自分など比較にならないくらいだ。
だがそれでも、大山を粉砕できるだけの魔力だとは思えない。
例えば純騎士の切り札である結界魔術を使うとすれば、無理をして一日に二回などと言わず、五回は繰り出せるほどだ。
かなりの量ではある。だが大山をどうにかできるほどの量も、質もない。果たして本当に、彼女がまだ見ぬ最後の一人なのか。
ただ何かしらの魔術を発動した後、もしくは発動中で、疲弊しているだけなのか。
純騎士には、判断ができなかった。
故に一種の警戒と威嚇を込めて、目を細めて睨みつける。
もっともその純黒のドレスを着た灰髪の女性は、まるで応えていない様子だったが。
「まさか参加者の中に、エタリアの騎士がいるとは思いませんでした。この戦いに参戦しているからには、きっと名のある騎士なのでしょうね」
「……あなたは、何者です」
「貴様からして過去の存在。伝え聞いているのかそれとも歴史から抹消されているのか、ともかく私は一度その名を受け継ぎ、後世に託した者。“慟哭”と蔑まれた、憐れな騎士」
「“慟哭”……ま、さか……あなた、様、は……?」
改めてその姿を、驚愕から見開いた目で見つめた純騎士は確認した。
純黒のドレス。青白い妖艶なるサーベル。その生涯は称えられることなく悲観され、“黎明”に打ちひしがれる“慟哭”と呼ばれた、悲運の騎士。
「二代目、様……」
「そう呼んでくださる貴様は、もしや後代でございますか? 嬉しいですね、私の後も無事に継承されていったのだと理解できましょう」
「何故、何故……! っ、あなたはもう亡くなられたはずだ! 何故! 骸皇帝ももういないのに!」
「なんと、あの骸皇帝が参戦らして、そしてもう蹴散らしたと。なんて素晴らしい。エタリアは素晴らしい騎士を育てられた……それを知れただけでも、もう未練などないと言い切ってしまえましょう。しかし、しかし残念……私はどうやら、悲運の星の元に生まれてしまったようです」
と、二代目はサーベルを構える。
優しい瞳から一点、猛禽類が如き黄金の双眸で睨むと、ドレスの裾を持ち上げて一礼。一瞬で、まとう雰囲気を一変させた。
さながらその姿から、美しいだけだった令嬢が剣を握り、一介の戦士並みの覇気をまとったがような印象を受ける。
そして二代目は純騎士に、鋭い殺気を向けた。
「申し訳ありませんが、貴様を殺させていただきます。今の私は降臨魔術によって魂を降ろされただけの言わば傀儡。降臨者の意に従い、貴様を倒すものです。さぁ、剣を構えなさい」
最悪だ。
いや、二代目の魔術は伝え聞いている。その分こちらが有利かもしれないが、しかし相手は確実に自身よりも格上の騎士。使う魔術がわかっているからと言って、敵う相手だと高を括ることはできない。
何せ二代目はその辿った歴史こそ悲運なものだったが、もしも初代の次を継がなければ、確実に栄光の道を辿っただろう騎士。歴代の中でも、初代に次ぐ実力者なのだから。
だが、引くわけにはいかない。
やっと、ようやく、この戦いに対する踏ん切りがついた。
叶えたい願いだってできた。
それは、今こうして二代目を降臨させた魔術師や、もっと言えば骸皇帝のような冒涜の所業なのだろうけれど、しかしそれでも、願いなのだ。
叶えたい願い。だからこそ戦う。
もうそれは、純騎士としての使命を果たせなくなるかもしれないけれど、しかしそれでも、そうであっても叶えたい願いが、そこにできてしまったから。
山登りは何故するか。その問いに、山岳を極めた人はこう答えた。そこに山があるからだと。
ならば何故願いを叶えようとするのかと問われて、純騎士は答える。
そこに、自分自身の手で叶えたい願いができてしまったからだと。
「二代目純騎士様! その胸を借りるつもりでお相手致します! 私は十代目純騎士! この戦いにて叶えたい願いを持った者! いざ尋常に、勝負願う!」
「十代目……代はそんなにも、引き継がれていたのですね。では見せていただきましょう。是非とも私を打倒していただきたいですが――私は、強いですよ?」
「無論承知の上です!」
「……では、憐れな先代から一つ助言をして差し上げましょう、十代目――」
「――私の魔術を知りながら、後手を取るとは何事ですか?」
背後から気配と声。
それに気付いたときには、二代目の剣は純騎士を捉えていた。
だが仕留められはしなかった。純騎士はとっさに半歩引き、サーベルの射程圏内から逃れた。
そしてすかさず反撃の突き。
だが、二代目はすでにそこから姿を消していた。気付いたときには、すでに頭上を取っていた。
咄嗟に横に跳んで躱した純騎士は転がった勢いで立ち上がり、二代目と距離を取った。
二代目の魔術を考えれば、距離などどれだけ取ってもないようなもの。しかしゼロ距離では、突きを繰り出すことすらままならない。
「私のことを知っているのなら、私の魔術についても伝え聞いているはず。なのに先手を譲ったのは、どうやら策略でもなんでもなかったようですね。少し警戒していたのですが、ただ警戒が薄くなっていただけですか、十代目」
いや伝承で聞いていても、対処できる代物じゃない。
その魔術は視界に敵を捉えている限り、必ず相手の死角または懐に入り込む必中の呪詛。
回避しようとすれば逆に当たる。故に防ぎきるしか、完全に剣が懐に入る前に防御し切るしか、対抗策はない。
かつて神が投擲した槍についていたとされている必中の呪詛を参考に、二代目が開発したオリジナルの魔術。
漆黒の中ではそのドレス姿で捉えることもできず、敵は最後に彼女の不気味なほど白い肌に恐怖を見て死ぬという。
二代目を襲名するまえ、彼女はその魔術で
美しく、触れれば刺さる純黒の鋳薔薇。
唯一見切れたのは、初代だけだったという。
美しき純黒の暗殺者。それが黒薔薇こと二代目純騎士の正体である。
聞けばそれだけ。しかし対峙するとそれだけが怖い。
いつの間にか懐に入って来られる。いつの間にか死角にいる。距離も方向も関係ない。絶えず転移を繰り返しているようなものだ。
そしてレイピアは、防御には向いていない。
最悪の相手とぶつかってしまった。よりにもよって二代目が相手とは。
「“
そうだ、距離を取らないことこそ最大の対策。
二代目の魔術は、逆に自身の懐に入られていると入れないという制約がある。
故に基本は積極的に接近し、相手の懐に入り込むことをしなければならない。
だが純騎士はそうしない。いや、できない。
レイピアは刺突専用の武器だ。威力こそあれ間合いが必要な武器である。確実に相手の懐に入って戦うような武器ではない。
無論、純騎士もその対策としてより狭い間合いで刺突を繰り出せるよう訓練はしているが、相手の速度はそれを超えてくる。
まさに袋小路。向かうも凶。引くも凶。どちらにしても、運が悪い。
たった今懐に入り込んできた彼女の刺突を躱し、純騎士は再び距離を取る。だがその距離を一気に縮めると、その勢いで三段突きを繰り出した。
が、完全に見切られて三段とも防がれる。
そして純騎士の気持ちを理解したのだろう。二代目は敢えて純騎士から距離を取った。
神出鬼没。いつでも懐や死角に入り込めるその魔術に、距離など関係ないということを、示すために。
「さぁ、十代目。正念場でございます」
二代目の魔術と剣が、純騎士に迫る。
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