蘇生と復活

 髑髏の面を付けた、灰色のたてがみを揺らす黒馬に跨る、首なしの裁定者さいていしゃ

 彼は今、真っすぐ自らの戦場に向かって馬を走らせていた。三日目に純騎士と別れてから、丸二日かけて探し続けた。此度の戦争において、自分が対処しなければならない魔術師。

 裁定者として、彼の裁定を行うのは責務というものだろう。彼との戦いを、あの方から命じられたのだと言っても過言ではない。

 故に迷いはない。この戦争の参加者でもない自分が、参加者である彼を殺せば、他の参加者達にも影響するだろう。

 しかし、やらねばならない。

 与えられた名は裁定者。その名の通り、この戦争を裁定する者。故にいかなる違反も許してはならない。無論、禁忌など許してはならない。

 この戦争に投下される際、あの方は言っていた。

――あなたはあの大魔術師と、戦わなければならない。酷な話だけど、彼は魔術師としては優秀過ぎる。優秀過ぎるが故に、彼は魔術の世界では禁忌とされることを簡単にやってのけてしまう……裁定者、至急彼を止めて欲しい。君なら、彼にだって敵うはずだ

 生涯の頼みだと付け加えて、あの方は裁定者に命じた。

 裁定者は察した。あぁ、私はこのために呼び出されたのだろうと。ならば断わる理由はなく、あの方のためにも***のためにも、彼を消し去らなければならない。

 彼が扱う禁忌の魔術は、やがてこの大陸ごと、参加者全員を皆殺しにしてしまうかもしれないから。

 どれだけ強力で、どれだけ効率的だとしても、禁忌は禁忌。禁じられた理由があるのだから。

「首なしの騎士か、千年の人生でも珍しい客だな」

 最初に根城にしていた洞窟を失ってまだ二日経っていないはずだが、しかしそこには生物の骨のみで組み立てられた巨城があった。

 さらに周囲には、一見無数と思えるほどの骨だけの怪物や骸骨兵達。その数、およそ一三万。それらを見下ろす裁定者に気付き、彼らは一斉に声のない騒めきで吠える。

 そしてその奥にいるのがこれらを従える皇帝。骸の躰で悠々と現れた、骸皇帝がいこうていだった。

 黄金の装飾が施された目玉のような宝玉がついた杖に、骸骨烏が止まる。だが骸皇帝が一瞥をくれると、またすぐさま飛び立った。

 肉も皮も持たない骸の軍勢を操る骸皇帝にとっても、首なしの騎士は珍しいと映るのか。髑髏の中で輝く赤い光は、遥か遠くの裁定者に興味を抱きながら見つめていた。

「貴様、この戦争の参加者か?」

「否、我はこの戦争の裁定者なり。我を召喚せしお方から裁定者の名と使命を拝命し、その使命を全うせんとする者である」

 最初から、裁定者はその声を震わせて対話する。初めはどこからか取り出す紙による筆談から始める彼だが、今回は違った。

 距離の問題ではない。距離の問題なら、重複者じゅうふくしゃとの邂逅のときも楽にクリアして対話していた。

 ここで迷うことなくない口を開いたのは、あの方から託された使命が関わっていることに間違いはない。今までになかった湧き上がる闘争心というものが、このときの裁定者の心の内に燃え上がっていた。

「裁定の命に準じて、其方に裁定を下す。禁忌の魔術にて、この戦争を根底から破壊する存在たる其方には、今ここで裁定の剣を受けて死んでもらおう」

「私を……殺す? フフ、フハハハハハハハハハハ!!!」

 顎の骨を軋ませながら、骸皇帝は大口を開けて笑う。そして杖を外に放り投げると、大きく息を吸いこんで笑いを止めた。

「貴様、我を殺せると思っているのか? 我の魔術、“屍の軍勢ストラトス・トン・プトマトン”。我がかつて戦い、屠ってきた雑兵を一緒くたにまとめ上げ、文字通り屍の軍勢として使役する魔術だが……今、貴様の目の前にいるのはただの雑兵などではない」

 骸皇帝が捨てた杖が、独りでに浮かび上がってくる。目玉の宝玉から無数の光の糸が伸び、すべての骸に繋がった。

「私が過去、千年の間に邂逅し、私が選りすぐった精鋭! 数十年、数百年に一度の天才、英雄と呼ばれた者達! 獣も人も関係ない。種族すらも関係ない。死ねば皆、結局はただの骨であるが故に。私はすべてをまとめ上げた!」

 骸皇帝の言葉に呼応して、英雄も獣も骨となったすべては骸皇帝を称えて咆哮する。そこに彼らそれぞれの意思など皆無。すべて骸皇帝の、意のままであった。

「これぞ我が最強の兵団! 過去四三の戦争においても無敵を誇った我が軍の本体! 名を、“死地赴く混沌屍団スキィロ・ソーマ・スケィロン”!!! 貴様に我が軍の本体、叩くことができるか!」

 裁定者は黒馬から降り、背を叩いてその場から退かせる。腰に差している四本の内、二本を軍勢の中に投げると、もう二本を握り締めてそして――

 ――迎え撃てという言葉無き王の命令を受け、咆哮する軍勢の中に飛び込んでいった。

 一三万の軍勢の中心より、かなり前方に当たる部分に着地した裁定者に、早速剣を持った兵士達の洗礼が送られる。その剣撃は鋭く重く、巨躯を持つ裁定者ですら捌き切れない力で襲い掛かってくる。

 戦争四日目の朝まで、大陸を徘徊していたのは確かに雑兵だったようだ。馬に乗ったまま戦って、勝てるはずもない。馬を行かせてよかったと、戦いながらに思う隙はあっても余裕はなかった。

 すぐさま剣撃で跳ね返し、横に振り払って両断する。次は俺だと襲ってくる敵を一体ずつ順に相手しながら、少しずつ進んでいった。

 手練れが相手でも、体は腐った骸骨だ。あまりに激しい動きは、その体が負荷に耐え切れずに砕け散る。彼らはそれを考慮して、完全に全力では動けないようだった。

 ならば勝てると思うと同時、これがあの皇帝の軍の本体かとすら思う。あれだけ自慢の言葉を並べていたのに、この程度とは笑えてしまうところだが、しかしあの皇帝はそこまで抜けている人間ではない。

 言葉の真意を探りながら、しかしここでは戦うしかないと剣を振るう。そしてその言葉の真意を、すぐさまに知ることとなった。

「はぁい! 裁定者の旦那!」

 聞き覚えのない声で、突然呼び止められる。そこから飛んできたのは漆黒の刀身である数本のナイフで、裁定者の頑丈な鎧に弾き飛ばされた。

 が、弾け飛んだそれらを空中で掴み、再び投げつける。今度はそれらを剣で弾き飛ばした裁定者が、もう片方の剣で振り払ったが、そいつは他の骸骨を盾にして回避した。

 それは裁定者の目の前の巨像の骸骨の上にあぐらを掻き、さらに取り出した漆黒のナイフを手の上で遊ばせ始めた。

「はぁい、旦那ぁ。俺のこと憶えてます? そっかぁ、憶えてませんよねぇ。何せこの姿では、あなたの前には出てませんからねぇ」

 そう語るそれの姿は、全身漆黒に包まれていた。しかし漆黒の衣装の上からでも、それには肉と皮がついているのがわかった。行動速度もその動き方も、今までと明らかに違っていた。

 そして何より、改めて感知すれば知っている魔力。だがそれは、ここにいるはずもない者の魔力だった。

「何故そこにいる」

「俺達ゃただの暗殺者。自分の国も持たない俺達にとって、誰に仕えるかはとてもとても重要なことでさぁ。この戦争においても誰に仕えるのか考えて、初めこそ天界に取り入ろうとしたが……結局は無駄だった。だがそのお陰で、俺達ぁ遂に仕えるべき人を見つけたんでさぁ!」

「それがあの男だというのか、

 重複者はケラケラと笑う。骸皇帝の手で殺され、脱落したはずの重複者が、確かにそこで笑っていた。

「おぉさ。骸皇帝陛下なら、必ず玉座を手に入れる。あいつを殺したあの力なら、誰も逆らえないと思って取り入った。俺の働き次第では、俺の願いすら叶えてくれるんだってよ! 超太っ腹だろ!?」

「やはり其方、一度死んでいるのか」

死んでねぇよ? 死んだのはあいつ。俺達ぁ体は一つだが、心はそりゃ無数に近い。だから俺達ぁ、例え一つの人格が死んでも他に人格がある限り生き返れる。骸皇帝陛下に取り入るときに大量に死んだが、まだまだ大量にあるぜ? 魔術の名を“結局死ぬのは一人オ・サナトス・ティス・モナキィシアス”。だから重複者が死んだってのは本当だが真実じゃねぇ。俺達のオリジナルはまだ健全だぜ? 旦那ぁ」

「なるほど、そういうことか」

 この戦争のルールでは、戦争の残り参加者の数を全員知ることができる。

 第一回の戦争で、他の参加者が全員死んでいるのに参加者を探し続けたということがあったために、第二回から参加者が死ねば脱落とし、報告するようになった。

 だがしかし、このルールに関して欠陥があるとすれば、それは一度死ねば脱落したと報告してしまう点。

 元々、蘇生などという魔術が使われることを考慮していない。

 自身の蘇生は何十年という仕込みの期間を要する時限式魔術。戦争の前に用意したところで、発動する前に戦争が終わることは確実である。

 故にこの戦争で一人の参加者が画策していたように、敵対者を無限蘇生しつつ無限に殺すという残酷な手段を使えば、人知れず玉座の位置を知ることも叶うわけだ。

 さらに言えば、今の重複者は消されたはずの参加者。人知れず行動することが可能なわけである。

 ルールには別段、自身の蘇生は禁止されていない。故に違反だと斬り捨てる道理もない。しかしながら、命の冒涜である禁忌の魔術を使う骸皇帝に付くというのなら、斬る理由は充分にあった。

「其方はすでに、自らの勝利を棄てたのか」

「あぁ棄てたさ。陛下がいる限り、俺達に勝利はねぇ。そして陛下は不死身だ。誰にも殺せねぇ。だカラオレ――イヤ、ワタしは陛下の懐刀として――ヘーカの勝利のために戦うのよ? それが私の夢、私の願いが叶う最善ですもの!」

 人格を変え、同時にその姿形を丸ごと変える。それが彼――今は彼女――のみの固有魔術、“多種多様マグアリ・パキリア”だ。

 大きく膨らんだ胸部と臀部、そしてくびれた腹部と、スタイルのいい女性に姿を変える。しかし謎の魔力で顔は隠されており、その正体のすべてを知ることはまだできなかった。

「さぁ裁定者殿? どうぞ屍の軍勢に潰されてくださいな!」

 重複者の合図を受けて、軍勢が波となって一気に押し寄せる。しかし裁定者はその場に剣を突き立てて、兵団を巻き込みながら黒い波を立ち上がらせる。

 そして黒い波は徐々にその姿を晒し、兵団の前に聳え立った。

 それは巨大な純白のパイプオルガン。地面から鍵盤までおよそ五メートルあり、鍵盤の長さはおよそ二〇メートル。さらに空に向かって伸びるパイプは、およそ四〇メートル近くあった。

 裁定者がさらに剣を突き立てると、そこから噴き出した黒がパイプオルガンへと這って行く。それらは細かく分裂し、鍵盤と足鍵盤に飛び乗った。そして、その中でも大きな口を持った黒がオルガンの前に立つ。

 そして口がその口角を大きく持ち上げると、その細く脆い腕を振り、指揮を始めた。その指揮に合わせて、小さな黒達が順に飛び上がる。

 そこから流れるのは実に激しく、閃光のように音階が通り過ぎていく曲だった。

「“怨霊狂詩曲ゴースト・ラプソディ”」

 凄まじい音の爆弾が、周囲の大気を揺らして伝わり骸骨達の体に響く。その反響は脆い彼らの体を打ち震わせ、次々と粉砕していった。皇帝の誇る最強の軍の本体が、攻めることなく破壊されていく。

 その中を、重複者は耳を塞ぎながら走って距離を取る。姿全体を隠す黒い魔力もダメージを受け、綻び始めていた。

 そこを見逃す目もないどころかそもそも目がない裁定者は、崩れ落ちていく軍の隊列の中を滑空するように駆け抜ける。そして最初に投げて軍の中に突き刺さっていた剣を取ると跳躍し、全身を回して重複者に斬りかかった。

 速度はあるが、追いつかれた。女性の体では、巨躯の裁定者のパワーは止められない。確実に仕留められるシチュエーションで、しかしながら、重複者は笑みを零していた。

「今よ先生! ドンピシャのポイントとタイミングでしょう?」

「“神殺しの神槍ロンゴミニアド”、射出」

 遥か高い空から、雷が落ちる。それはすべてを射貫く眩い閃光。その閃光が空から落ちて、裁定者の剣に落ち、そこから伝わる電熱が裁定者の体を焼き、地面に叩き落とした。

「フン……この戦争の裁定者が、その程度とはな……」

 遠くで見ていた骸皇帝は、溜め息とつまらないという言葉を込めた眼差しを向ける。その目を向けられる裁定者は、痺れる体を無理矢理動かし、立ち上がろうとしていた。

「何故、其方がここにいる……」

「陛下の使われる魔術が、あなたからしてみれば命の冒涜となる禁忌の魔術ならば、答えはおのずと出るのではないでしょうか、裁定者様」

 空に浮かぶ彼は言う。その手に持った魔術書に、ひたすら記述を続けていた。

「真正面から行けば、僕の攻撃なんてあなたに効くはずもない。だけど不意打ちなら、こうして効いた。あなたの存在は、僕にとって今の不意打ちと同じだったということです。もっとも今となっては、感謝していますけれど……」

 降り立った彼は、記述を終えてペンの先を向ける。すると地面から伸びた無数の鎖が、裁定者を縛り付けた。

「裁定者様、一つお伺いしたいことがあります」

 裁定者の剣を持ち上げ、切っ先を向けようと試みる。しかし彼にはできなかった。その非力な腕には、百キロ近い大剣を持ち上げることすら、難題だったからである。

 故に這いつくばる裁定者のどこにあるのかわからない耳に囁くように、片膝をついて顔を近付けた。

「純騎士さんは、どこですか」

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