邂逅
ルールが公になって五時間。
殺し合いをしなくてもいいという天界だが、明らかに殺し合いをさせるために設けられたこのルール。本気で玉座を狙う参加者は、確実に命を取りに来るだろう。
ならばまずは、体勢を整える。
敵が真正面から来るとは限らない。真正面から来たのなら騎士である彼女は打破できる可能性もあるし、逃亡することもできなくはないだろう。
だが奇襲で来られたら、騎士である彼女は弱い。元々魔術の才能に乏しい剣技だけの騎士は、横から来る遠距離攻撃にはまるで耐性がないのだ。
だからこそ、奇襲にすら対応できるようにいつでも戦闘可能な状態にしておく。そうすれば例え奇襲されたとしても、自分の有利な方に持っていく戦闘ができるだろう。
そのためにはまず、体勢を整える。
レイピアは国を出るときに研ぎ士に研いでもらった。怪我はまだないし、魔力もまだ充分に残っている。応急処置は必要ない。
ただ長期戦を想定すると、必要なものがたくさんある。
飲み水に食糧だ。先ほどのムカデとの戦いで、持ってきていたものは愛馬ごと食われてしまった。確保する必要がある。なにせこれから、大国三つ分はある大陸で玉座を探し回らなければならないのだから。
そうと決まればと、純騎士は五時間かけて森を見つけ、そこに移動したわけなのだが。つまりは現在、食糧探し中だ。
だが、森には見たこともない果実ばかりが実っている。次元で隔たれた大陸にのみ実る、固有の果実か。毒の有無がわからない。
そんなことを言っていたら何も食べられない。餓死するだけだ。何か胃に入れなければ、死んでしまう。
だが猛毒を食って死んでしまっては元も子もない。だから慎重にさえなるのだが、慎重になり過ぎてなかなか判断できない。
果実はどれもこれも色鮮やかで、色鮮やかなものは毒ありという基本で考えれば、何も手を付けられなかった。
そんなことばかりしていると、当然腹は減る。だが口に入れても大丈夫なものがわからず、まったく状況が変わらない。
まったくなんてことだ。戦争に行ったつもりが、第一にやることは食糧の確保とは。しかもこれは、かなりの長期戦ではないか。
こんなことなら出発前、果物図鑑でも見ておくんだった。今まで何を学んできたのだと、兄に怒られてしまう。
こんなとき、団長がいれば。そう思わざるを得ない。
団長は純騎士とは逆になんでもかんでも食べるので、彼の調子が毒入りかそうでないかの判断材料だった。騎士団ではそれが普通だった。
あぁ本当に、団長の助けが欲しい。まだ戦ってすらもないし、死にかけてもいないが、団長の存在がひたすら恋しかった。
だがそんなことを言っても仕方ない。仕方ないので、今までに見たことのある果実と似通った果実を数個もぎ取り、捕獲した。まだ食べないが、緊急時ようの非常食だ。一か八かだが。
非常食は確保した。が、今食べるものがない。何かないかと探し回っていると、茂みの奥で大きな水たまりを見つけた。
湖かと思った大きさだが、生憎と川などの水源が見当たらない。となると、これはものすごく巨大な水たまりということになる。が、そんなことは今どうでもいい。
澄んだ水の中を覗くと、程よい大きさの魚が何匹か泳いでいるのが見えた。
チャンスだ。川魚なら火を通せば、大概は食べられる。いや、水たまりにいるから川魚かどうか気になるが、今はどうでもいい。
果実と同じ毒の可能性など、もう考えてられない。とにかく確保するしかなかった。
「でもどうやって……」
生憎と釣り道具はない。かといって、枝とツルで作っても、おそらく釣れないだろう。ならばどうするか。
純騎士は脚の鎧と靴、ニーズソックスを脱ぎ捨てる。そうして水たまりの中に入り、レイピアを構えた。
そしてそのまま静止する。突きを繰り出す姿勢のまま、ジッと固まって獲物が来るのを待っていた。
そうして水たまりの中の肉食魚が純騎士の柔らかい脚目掛けて突進してきたところを、一ミリの狂いもなく高い水飛沫を上げて突く。魚の脳天を一撃で貫き、仕留めた。
「やった……!」
狩りは初めてではない。騎士団での長期遠征中には、こうして獲物を狩っていた。だからそれが食べられるかどうかはさておいて、仕留めることはできる。
その調子で凶暴な肉食魚を次々と仕留め、なんとか食料を確保した。毒の有無はかなり心配だが、ここまで来て背に腹は代えられない。貴重なたんぱく質だ、日さえ通せればなんとか気持ちで食べられる。
そうだ、もう最終的には気合いだ。さっき取った果実だって、食べるときになれば食べるしかない。大丈夫、キノコ類のような猛毒でなければ、即死はしないはずだ。
だからとりあえず、一応食料は確保した。早速食事にしよう。
魔術の才能には乏しい純騎士であるが、まったく使えないわけではない。
近くの茂みで枝を集めると、最下級の電撃魔術で火を起こす。レイピアで器用に下処理を施した魚を枝に刺し、程よくなるまで焼いた。
そうして焼けたところで、締まった身とぱりぱりの皮にかぶりつく。味付けはないが魚本来の味でも、充分に食べられる。毒の心配はなさそうだ。勘だが。
勢いで、まず一匹を平らげる。少々意地汚いが、一度食べ物を胃に入れたときの食欲増進効果というのは凄まじく、そのまま二匹目に手をつけた。
無我夢中でしゃぶりつく。思えばこの三日間まともにゆっくり食事などできなかった。久し振りの食事だ。そりゃあ腹も減る。
そうして三匹目、四匹目と骨だけにした純騎士は、最後の一匹に手をつけようとして硬直した。
茂みの中から現れたのは、一頭のクマ。よくみれば体が太く、六本足だ。かなり大きい。
よだれを垂らして、ジッとこっちを見つめている。この魚が欲しいと見える。だが譲れない。この魚は大切な食糧だ。譲るわけにはいかない。
と、いつになくやる気に満ち溢れている純騎士は迷いなく剣を取る。そしてクマが突進して来るよりも先に肉薄し、衝撃をまとった突きで脳天を貫き、吹き飛ばした。
また今度は大きな獲物を仕留めた。これでまた一週間は持つだろう。大丈夫、生肉を保存する程度の冷却魔術ならできる。
と、また近くの茂みがざわめく。また魚を狙って何かが来たのだろうか。調度いい。また仕留めて食糧にしてやろう。
先ほどまで戦争のルールに怯えていたのが、嘘のように張り切る。クマの血で汚れたレイピアを振るい、また構えた。
突撃の勢いをつけてでの一段突き。当たれば一撃必殺、しかも純騎士の中では最高威力の剣だ。防げるのならば防いで見ろと言ってみたいものである。
さぁ、出て来い。出てきたところを一突きだ。確実に脳天を貫くために、上段で構える。今の茂みの揺らぎ方はそれなりに背が高いはずだ。
「隠れても無駄です、出てきなさい」
言葉の通じるはずもない獣に、自信満々にそう告げる。だからまさかこのとき、返事が返ってくるとは予想だにしていなかった。
「わ、わかりました……」
出て来たのは、痩せ型の長身男。かけた眼鏡のせいで少し知性的に見える。
金色——いや、どちらかというと黄色の髪は短く、全体的に柔らかくて細い。女性にしておきたいきめ細かさだ。
紺の上着に袖を通さず、肩にかけているのはなんのこだわりか。だが袖を通してもブカブカ過ぎるだろうその大きさに、ただ身の丈にあっていないだけかと納得した。
そんな彼は茂みの中から、両手を上げておもむろに現れた。脇に一冊の本を挟んで、かなり焦った様子だ。
そんな人間が出てくるとは思っていなかった。さらに言えば、ここで参加者に会うだなんて思っていなかった。
だってそうだろう。この大陸には元々、人間は住んでいないのだ。つまりここで人に会えば、それは必然的にこの戦争に呼ばれた参加者ということになる。
故に純騎士は構えたまま、一瞬の間に考える。そして次の瞬間に、彼女の中の最速で肉薄した。
レイピアで思い切り頭を殴り、彼を一撃で気絶させる。気絶させると魚が焦げていることなど気にもせず、近くの木の下まで引きずって座らせた。
さてどうしたものか。まだ戦争は始まっていない。あと五分くらいだ。戦争前に殺してしまっても、ルール通りなら情報は得られないだろう。
だが相手は自分を殺しに来たのだろう敵。このままみすみす逃がしてしまうのはあまりにも軽率。
ならばここで殺してしまえば、早速敵が一人減るし一端安全を確保できるし、なにより玉座を早々に見つけられるしで、一石三鳥ではないか。
そうだ、そうしよう。というかそうするしかない。とりあえずは縛っておこう。
近くに生えている太いツルを斬って、それで彼の腕と脚を縛り、さらに体を木に括り付けるように縛りつけた。
魔術師ならばこの程度の拘束どうということはないだろうが、これを解くのに一瞬のスキが生まれる。そこをつけば、確実に殺せるだろう。魔術を発動する間もなく、レイピアで突き殺せばいい。
しかし綺麗な顔立ちの男性だ。祖国ではさぞモテただろう。だがそのリア充人生もここまでだ。残念ながら、ここで死んでもらう。
「ぅぅっ……ぁ、ぁぁ……僕は、一体……」
彼が目覚めた。まさかこんなに速く目覚めるとは思っていなかった。さすがに魔術師はタフである。
純騎士はレイピアを持ち、彼の首筋に切っ先を突き付けた。
「……これは——?!」
「動かないでください」
首に突き付けられているレイピア。木に縛られて封じられている四肢。そしてそれらをしただろう目の前の女騎士。
状況を理解するのに、五秒もいらない。レイピアを突き付けられていることで通りにくい呼吸を唾ごと飲み込み、彼はおもむろに口を開いた。
「あなたは……」
「エタリアの純騎士。あなたと同じく、この戦争の参加者に選ばれた者です」
「そ、そうですか……あの、僕は——」
「名乗らなくて結構です。すみませんが、あなたにはここで死んでいただきます。そうしないと、私も命が危ないので」
「ま、待ってください。僕はあなたを殺す気なんて――」
「今までにも、そうやってその場凌ぎの命乞いをする人間を見てきました。あなたが彼らと同じでないと、証明できますか?」
「それは……できません」
「潔いですね。まぁそうやって潔くしていれば好印象ですから、苦肉の策と言えますが」
「ど、どうしても僕を殺しますか?」
「そうしないと、あなたが私を殺す可能性がありますので。天界の玉座がそこまで欲しいのかと訊かれると否ですが、生憎とまだ死ぬ気はありません」
「ま、待ってください。僕にチャンスをくれませんか?」
「チャンス?」
「僕に交渉をさせてください。あなたと」
「交渉? 何を交渉するというのですか。まさかこの状況で、自分が助かるだなんて思っているのではないでしょうね。言っておきますが、私はそこまで——」
「お願いします。もし交渉が決裂したのなら、その後はどうされようとも構わない。僕に、あなたと交渉するチャンスをください」
必死な命乞い。純騎士の目にはそう映る。
現に今まで戦ってきた敵の中には、命乞いのために無駄な交渉を持ちかけてきた者もいなくはなかった。基本的に誰にでも優しくて緩い団長はそれをすべて聞いていたが、結局は受け入れられずに殺された。
兄ならば、この状況なら聞きもせずに即座即決で殺しただろう。
ならば殺すか。交渉の余地など与えずに。
殺せ。勝利のために。
冷酷な仮面で、そう告げる兄の姿が目に浮かぶ。そうだ殺してしまえと、手に力の入る自分がいる。
ここで即決して、彼の喉を突き刺せればどれだけ楽だろうか。おそらくそうできるのなら、後悔も何もないのだろう。
だが、純騎士という女性はというと——
「……チャンスは一度だけです。決裂となれば即、その喉を突き刺します」
「……ありがとう、ございます。あぁ、交渉に関してお願いが……その……できれば僕が持っていた本を僕の足の上にでも乗っけていただけると……」
「それはダメです。あの本を媒介に魔術が発動する可能性がありますので」
「ですよね……わかりました……では、その……交渉させていただきます」
これより、命乞いを含めた彼の交渉が始まる。どうせ殺すことになりそうなのだが結局聞いてしまう、団長よりの純騎士だった。
ちなみにすっかり忘れていたが、焼いていた最後の魚は炭になって火の中へと落ちてしまっていた。
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