雨の中のきみ

水谷なっぱ

雨の中のきみ#1

 その人はいつも雨の日にだけ現れる。薄暗い大学の構内、雨が滴る入口で静かに煙草を吸っている。最初は気にもしなかったけど、雨の日に構内に入ろうとすると必ずその人がいて、何気なく横目で見たらどこか遠くを見ていてどこを見ているのか気になった。

 わたしの名前は笹垣由依。どこにでもいる普通の大学生。心理学を専攻しているけど、だからって人の心理に敏いわけでも心理テストが得意なわけでもない。心理学を専攻していると、よくそういう勘違いをされるのだけどそんなことはない。年は21歳。身長は150センチ。体重は秘密。引越しのアルバイトをしているので体はそれなりに引き締まっていると思う。髪はショートで天然パーマに縮毛矯正を当ててまっすぐにしている。それでも雨の日だと毛先が跳ねてしまい直すのに苦労した末に諦めた。そういう髪型なのだということにしておいてほしい。

 雨の人は、いや、雨の日にしか会わないからわたしが勝手にそう呼んでいるだけだけど背が高い。180センチちょっとというところだろうか。痩せていてすらっとしている。名前は知らない。どこの学科の学生なのかも、そもそも学生かどうかも知らない。煙草を吸っているということは二十歳以上で、ぱっと見同い年くらいなのだろう。声をかけてみたいけど、なんて言っていいかわからないし、わたし自身、何故その人に声をかけたいのかもわからない。でも彼の視線の先にあるものは知りたかった。そこにはなにが見えていますか。


 「由依はいつもあの人のこと見てるよね」

とは友人の言葉。彼女は望月莉々。同じ大学で学科は違うけれど高校の時からの友人だ。私とは違う黒のストレートヘアに縁の太い眼鏡。身長は160センチないくらい。趣味と性格が合うので授業以外の時はだいたい一緒にいる。今も学食でお昼を食べながらだらだらとおしゃべりをしていた。

 「だってさ、なんか気にならない?」

 「ならない。何者かもわからないし、授業でも見かけない。近隣住民が煙草吸いに来ているだけじゃないの?この辺路上喫煙禁止だし」

 「そうかもしれないんだけどさ。うーん、なんて言っていいかわからない」

 本当になんて言っていいかわからない。特にかっこいいわけでもないし親切そうにも見えない。実際話してみたらなにかが変わるのかもしれないけど、そんな勇気はない。

 「もしかして由依、一目惚れした?」

 「は?一目惚れ?」

 「そうそう。特に意味はないけど気になっちゃうのって、そういうのかなーって」

 ああそうか。そういうことなら納得……ってそんなわけあるか! そんなよく知りもしない人のことを好きになったりするわけないじゃん! そりゃ確かに背は高くて、煙草を吸う手つきは男らしく骨ばっていて、顔だって嫌いなわけではないけどそれにしたってそんなことは……そんなことはない、はず。

 「じゃあなんでそんなに気になるのよ」

 「なんでかなあ」

 「ていうかそんなに気になるなら声かけてみればいいじゃん」

 「それができたら苦労しない」

 そこで予冷が鳴りお昼休みが終わりそうになる。わたしも莉々も三限に授業があるのであまりのんびりしているわけにもいかないのだ。ばたばたと食事を終わらせてそれぞれの教室に向かう。見上げた空は青くて、雲一つなくて、なんとなくつまらないような気がした。


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