グロダモルン

 何もない。ここには俺がいるべき理由が無い。

 海中のような世界は液体しか無く、コウカはそこをぼんやりと漂うことしかできなかった。


 溺れない。苦しくない。ここは夢か。

 そう考えたコウカに対して、応える波動があった。青の世界に唯一存在する他色は、見慣れた緑の光だ。



「グロダモルン……」

「そうだ。適合者。もうひとりの我よ」



 水の中にいるという考えは間違いだろう。そこでは普通に喋ることができたのだから。樹槍グロダモルンがいることから、コウカはここが内面世界だと気付いた。

 しかし、樹槍と繋がるために幾度も潜った世界とは似ても似つかぬ光景だ。かつての精神世界は樹槍の緑と、コウカの灰色のまだら模様であったのだ。



「……別れの時が来てしまったな。我が群体であることを考えれば、半身との別離と考えることがおかしいのかもしれん」

「どうにかならないのか? いや、そもそも俺たちはどうなってしまったんだ? アレはまるで全てを吸い取られたような……」

「我々とて製作者の考えを全て知っているわけではないが、それで正解だろう。これまで我々とお前で築いてきた関係性、他者との出会い……それらを運命力という単なる力の塊へと変化させて吸い取られた。結果として二つ目の世界樹という矛盾した存在を生み出すことに成功したのだ」



 グロダモルンとコウカ……すなわち〈半端者〉はであり、貯蔵庫でしか無かったのだ。全ては創世器を作り出すために。



「我々の役目はこれで終わってしまった。もはや結果を覆すことはできない……もっとも、製作者の意図を知らぬでは断言もできないが。ともあれ我は消える」

「……なんだか、らしくないぞ」

「最後の時ぐらいは真面目くさっても良いだろう? 我々は〈半端者〉……だが、好んで小物でいたわけではない。それは我々もお前も同じであるはずだ」

「ああ……本当は全てを超えられる超越者でありたかった。英雄になりたかった。いやそれよりも……誰かに利用されるのではなく」

「必要とされたかった。ならば、我らの目的は既に達成されていたのだな。それだけはあの魔女にも分かりはすまい」



 その通りだ。コウカは泣き叫びたかった。

 樹槍はコウカがいなければ、ただの蔓の塊でしか無い。コウカは樹槍が無ければ、ただのチンピラだ。

 互いに文字通り命をつなぎ合っていた。二人揃って、かけがえのない存在だったと今更気づく体たらく。なるほど、彼らは〈半端者〉だった。



「だが聞け、適合者よ。我々は本来名もなき草花に過ぎぬ。人格が生まれたのは、魔器としての機能とお前のおかげだ」



 そのために使い捨てられることを恐れるようになった。ただの植物であれば良かったと思うほどに。



「しかし、これでお前は本物の〈運命無き者〉となった。我々は消えても、お前は消えない。だから……もう〈半端者〉でなくても良いのだ。あの魔女にさえ、お前を転がすことはできない」



 消えていく結合。内面世界ですら樹槍は朧気に霞んで、最後にはコウカの内面に溶けてしまうだろう。グロダモルンという存在はユグドラシルを隠すために作られた、仮初の存在に過ぎない。



「それでも、それでも寂しいよ。グロダモルン。これからはお前無しで戦わなきゃいけないなんて」

「大丈夫。お前はやればできる子なのだから……グロダモルンがどこにもいなかったように……〈半端者〉なんて最初からい無かったんだ。それを忘れなければお前は……神さえ……」



 グロダモルン。そう叫んで手をのばす。

 手は空を切った。既にそこは水の中ではなく、現実の世界だった。


 手元には変わらぬ姿の樹槍がある。機能は失われていないどころか、以前とは比べ物にならないことが触っただけで理解できた。

 だがコレは共にあった樹槍ではない。ただの武器だ。


 半身を失ったコウカは静かに涙を流した。ある決意と共に――


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