神器“レーラズ”
「目覚めろ、神器よ。神々の威光を世界に知らしめん――」
その言葉と共に緑光が所有者を包み、鉄壁の守りを作り出す。神への祈りは誰にも邪魔されてはならないのだ。全ての神器、魔器がこの機能を備えている。
『我が与えるは知恵の加護。竜が住まう泉の毒が、貴様に勝利をもたらすだろう』
堕落の国を統べる男の真骨頂が今こそ解禁される。これまでですら、絡め手においては並ぶものもなかった神器が発動状態へと移行して、その能力を飛躍的に高めていく。
『我が葉を喰らえ、牝山羊よ。我が根を喰らえ、牡鹿よ。いかなる者も我が根によって生かされる――』
ゆえに全ての命は我が所有物。そう謳うことによって、あらゆる生命に干渉して操り、従える。神槍には枝葉をあしらった装飾が施されており、緑光と共に己が力を主張する。そこに宿る傲岸さを、同じ神器使いなら見ることができるだろう。
『川の全ては我が端よ。この身に住まう蛇達が奏でる罵倒を聞け。さぁ征くが良い、我が下僕』
一際強く発光する槍。部屋全体が輝きに包まれ、目を潰さんばかりだ。
それでも周囲の貴族達は何事も無いように踊り続ける。それこそが、神槍の能力なのだから。今や首を落とされても、支配下の人間たちは笑い続けるだろう。
「神器……“レーラズ”!」
光を煙のように突き破り、見事な突撃を見せる神器使いサリオン。それを同じ色の光が迎え撃つ。
その神器が人を蝕む光なら、この魔器は世界を蝕む。この対決は避けられない。
「目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ――!」
村に続いて、再びの魔器完全解放。
神の水を補給したばかりの樹槍は、際限なくコウカの能力を高めていった。
/
……やるな、この男。
城の奥で籠もり、人を操るというのがこれまでのサリオンの戦闘方法だった。それ故に俺はサリオンを見くびりすぎていた。
形態自在の樹槍をベースにした俺の槍技は、時に曲線を描き、時に直線。またある時は樹槍の能力を活かして上下左右からの奇襲を可能にしている。
それに対してサリオンの槍技は直線。サリオンの方が正当に見えるかもしれないが、振り下ろしや薙ぎすら使わないという突き一辺倒の武術は異色だった。
よほど己の速さに自身があるのか……? だが、サリオンの体術も武術もこちらと同程度だ。これでは変化がある分、こちらが有利となるはずなのだが、奇妙な違和感があった。
白に黄金を混ぜたような、優雅さだけを誇張したタイルの上を二人の槍士が絶技を披露する。レーラズの効果により、背景と化した招待客ともども、舞踏会に巻き込まれたような思いが湧き上がる。
そして、サリオンも俺も喋らない。サリオンは俺を嫌っていて、俺はサリオンに恨みがある。そして事前に喋るなと言う会話も交わした後だ。後は雌雄を決するのみ。
そのはずだったのだが……磨き上げられたタイルに赤が混じる。俺の血だ。
肩をほんの少しだけ切り裂かれた際に、サリオンの槍の速度によって飛び散ったために大げさに見える。この程度なら樹槍によって瞬く間に修復される。よって問題はない。
「……なんだ?」
血が出る。治る。血が飛び散る。治る。肉が千切れる。すぐ治る。
確かに不死身じみた俺には全く問題はない。無いが……なぜ、負傷するのが俺ばかりなのだ?
焦りを覚えた俺は戦法を変える。樹槍を床に突き刺し、背後に回り込ませる。それはブラフであり、本命はやつの左手側から一気に突く。地面の中で枝分かれさせておいたのだ。
かわせないはずの二連撃は……確かにかわされなかった。樹槍による奇襲はサリオンから少しずれた場所に軌道を描き、外れてしまったのだ。
「馬鹿な……まさか、これは!?」
「頭の巡りが悪いな。今頃気付いたのか……最初にかすり傷を負わせた時点で私の勝ちは決まっていたのだ。貴様も知っての通り……この“レーラズ”の特性は肉体操作。同じ神器使いゆえに傀儡にまではできんが、戦いには充分よ」
ほんのわずかな負傷。それも既に治っているというのに……神槍“レーラズ”はこちらの感覚を狂わせていた。俺が見ているサリオンの位置は、現実ではわずかにずれているのだ。
地味だからこそ、悪辣。下手をすれば樹槍よりも汎用性に優れた神器! 格下から格上まで、一切無駄にならない特性こそが神槍の強みだった。
俺は次第に防戦に追いやられていく……
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