折檻
なにか得体の知れないものを見たような表情で、小さな暗殺者は目を瞬いた。いや、聞いてしまったのだ。
「つま……? つまって……あのつま?」
「はい! つまり私は……セネレさんのお母さん?」
「え、えぇ……」
セネレの表情が凄まじく歪んでいる。
爆笑したら良いのか、悲しめば良いのか、同情でもすれば良いのか……あるいは悔しがれば良いのか?
あまり使わない表情筋を総動員して、全感情を表示しようと頑張っている顔面は蛮人の作る土人形めいていた。
「そんな面、初めて見たぞ……なんかズルいなジネットって……あと夫婦じゃねぇ。というかセネレまで巻き込んで発展させようとすんな」
「えっ駄目でした? 設定的にはむしろ信憑性が増すかもと……」
「相手の同意を得てない設定で深みが増すか? 田舎者も騙せんわ」
「二人とも仲いいね……」
セネレが今度は粘っこい目で俺を見てくる。
じっと見るのではなく、じとーっという雰囲気だ。なぜだかバツが悪くなるような思いがしてくる。
「仲良いのかな……仲良いってこういうものじゃない気がするんだが……こう、もっとこう……ぬるぬるした感じというか」
「ぬるぬる!?」
「例えるなら、雨の日に葉っぱの上を這うナメクジのように……」
「ナメクジ!?」
説明しようとするが上手く行かない。冷静に考えれば俺は誰かと仲が良かった試しが無い。ある意味ではサエンザが該当するのかもしれないが、アレはこっちがお断りである。
仲が良い。仲が良いってどういう状態なのだろう……両親はいないので参考にはならない。というか、クソ故郷はどこまでもクソだったので全員考えるだけ無駄だ。
……考えを進めた所、一番近いのは同胞である魔女の弟子。〈美しき者〉ラルバと〈醜き者〉カナッサ……あいつらは傍から見てても良い関係だった。
『ちょっとカナッサ! あんたから豚のような臭いがするわ。ちゃんと入浴してるんでしょうね?』
『はぁ? 十日ぐれー前に入ったよ』
『ちょっと! 海賊でももう少し頻度が多いわよ! 今すぐ入りなさい! 病気になったらどうするのよ!?』
『ならねぇよ! 入らねぇときはもっと入ってねぇから、確かだ!』
『い・い・か・ら! これで擦って、入った後はこれを塗るのよ! ほら早く! 入らないと突っ込むわよ!?』
あいつらは身内でも面白い組み合わせだった。見た目が正反対なだけに特にだ。
一方〈才ある者〉と〈才無き者〉のような組み合わせは俺には理解が難しかったが、サエンザによれば兄弟というのがあんな風とも聞いた。
……過去から帰ってきてみたが、セネレが未だに残念な人を見るような目で見ていた。今頃気付いたわけでもあるまいに。
「ま、一週間ぐらいは夫婦のフリしてたからな。演技できる程度には仲が良いかもな。アマンダだって、わりとすぐ馴染んだだろ? ってアマンダは?」
「……コウカが行方を眩ませてから、あちこち行って探してる。その分コウカが怒られるべきだと思う」
「そうか……極めて危ないな……」
筋肉女、もとい斧女はもっとカラっとしていると思っていた。アマンダと戦うのと、サリオンと戦うのはどちらがマシだろうか?
「少し、というか大分ヤバイことに関わってしまったから、アレがいてくれれば非常に助かったんだが……話もあるし、あの筋力があればあるいは……」
「筋力が何だって?」
「多分聖剣の刃も通さないだろうから……から……か……」
声がした。事情を話したい。これは実にやむを得ない事態と経緯だったのだ。
口を開こうとした瞬間に髪の毛にたくましい肉が触れた。
「どこをほっつき歩いてた、てめぇ! 聖騎士と揉めたからこっちは使いたくもない頭使ってたんだよぉー!」
「ごめ、ごめんなさい。謝る! なんなら金も払う! だから握るの止めて! 脳が溢れる! この感じは覚えがある、マジで溢れてくる!」
女傑の手のひらで死にかけながら、謝り倒す。
魔女の弟子だったことに少しだけ感謝した。不死身でよかった。そしてセネレは宙に浮いている俺をなぜ蹴ってくるのだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます