堕落の再会
眼の前にはこれまでよりも、少し大きな壁がある。肌に伝わる人気と耳に届く声も田舎町とは大きな差がある。フォールンの国において、首都近隣の町としてそれなりに栄えている都市、ディジョンだ。
コウカとジネットが出会った都市でも有り、フォールンの神器使いサリオンとの因縁が生まれた場所でも有った。
戻ってこれた。
その感慨よりも、二人には困惑の方が大きい。
ここに来るまでかなりの距離を進んできたのだ。そしてその速度は決して早いとは言えなかった。だが、その間サリオンからの襲撃は無かった。
一切無かったのは偶然ではなく、意味があるのだろう。それがサリオンにとって都合のいいことか、悪いことかは分からないが……
「ともあれ、俺は仲間と連絡を取る。まだこの街にいるといいんだが……」
「あ、娘さんと力が強い人ですね?」
コウカは頷いて、かつてしたように城壁の壁を手で探る。しばらくすれば脆くなって崩れたように作ってある部分を見つけて、そこに少しの銀と手紙を入れた。
こうしておけばこの街の裏社会へと手紙が届き、都合の良い者が手紙を届けてくれる。無関係な者がここから金や届け物を抜き取る可能性はまず無い。
知らない者が治安の特に悪いとされている区画に入ること事態が稀で、知っている者なら地下組織を敵に回すような真似は慎む。下らないといえばその通りの習慣ではあるが、こうした仕組みに手を出すような者をこそ組織は全力で潰す傾向があるのだ。
しかし、その力も今回は通じない可能性もある。
相手は国を裏から操っているほどの存在なのだ。常であればこうした裏組織を相手にするには、表の権力者は躊躇する。
だが、相手がサリオンならば話は別となる。サリオンには自我を削られた部下が幾らでもいるのだ。脅迫も誘惑も通じない。そして力で神器使いに勝てるはずもない。
「ジネット。あんたは頼れる伝手とか無いのか?」
「恐らくはあるのでしょうけれど……肝心の私がどうやってそれを使えば良いのか分からなくて。申し訳ありません、コウカ様」
「いや、俺もお偉いさんをどうするかなんて知らんしな……実際、どうするんだろうなぁホント」
ジネットを尊敬する者は多く、感謝している者は数倍にもなる。その誰もが国の内外における実力者だ。そのコネクションは確かに強力ではあるが、これもやはりサリオンに通じるものではない。
こうして考えを潰される度に、サリオンに適う者は誰もいないのではないかと思えてしまう。
しかし、サリオンの行動はどうにもコウカとジネットをこそ恐れているように思える。そのフリにしては、行動が極端に過ぎた。
「あいつ……思ったよりも強くないのか? それとも待つ必要があるのか?」
考えても分からないことに頭を悩ませる。
これもかつては無かったことだった。
現在のコウカは人間的には確かに成長しているものの、それはより苦痛を伴う道だった。それが知恵熱めいた頭痛であれ。
「……コウカ!」
どこぞで時間を潰すかと思っていたコウカの薄汚れたローブに、躊躇なく小さな影が飛び込んできた。
相変わらず手入れをしてない灰色の髪がボサボサとほうきのようになっている。かつてはガラス玉のようだった目は今や宝石のように輝いている。涙で濡れているのだ。
〈灰の首輪〉セネレだった。
「セネレ! 一月ぶりぐらいか! 少し背が伸びたように見えるぞ!」
「……あんな短い手紙で!」
小さな手のひらでコウカの白髪頭を叩いてくるが、可愛らしい音が鳴るだけだ。
コウカはこの小さな相棒とまるで数年会ってないような懐かしさを感じて、涙ぐみそうになった。
ジネットはその様子を見て、既にもらい泣きしている。
「ううっ……良かったですねぇ! 感動の再会です……」
「あっ……」
コウカはなぜだか嫌な汗をかいた。
サリオンについて考えてばかりで、突然の懐かしい再会。それらによって頭からすっぽりと抜け落ちていたが……ここでも何かをしていない気がしていた。
「……コウカ? その人だれ?」
「始めまして、セネレさん! 私はジネット。コウカ様の妻です!」
その設定を解くのを、コウカは忘れていた。
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