狂い咲く狂愛

 去っていく。遠ざかっていく。

 金の髪を追うように手を伸ばそうとするが、サリオンは途中でその手を引っ込める。私のような者の手で掴んで良いお方ではないのだから、と。

 

 視界が落ちる。掟破りに複数の聖剣で操っていようとも、オルガードの肉体はとうに限界を迎えている。サリオンの神器は人の意に反した動きを取らせることもできるが、癒やしの力があるわけではない。

 筋肉が断裂すればそこは動かせなくなるのも当然。ジネットの障壁を破ろうと渾身の力を込めさせた反動で、全身が砕けているのだ。

 単純な操作ならばともかくとして、意識まで伝達させての操作はむしろ霊魂の憑依に近い。死者を対象に長時間続ければ神そのものではないサリオンの肉体にも影響が及ぶ。

 目を開ければ遠方の田舎ではなく、何もないサリオンの執務室が広がっていた。



「なぜ……なぜ……共に戦ってはくれないのですか? ジネット様……私はこんなにも貴方のことを……」



 敬愛しているのだ。憎愛しているのだ。忠愛してもいる。

 だからといって愛欲を抱いたことはない。子供のように純粋に愛情を向けている。ただ近くで同じ側に立てていればそれでよかったのだ。


 サリオンはフォールンでも名家に生まれた。優れた容姿と能力だけでも多くの者に持て囃されて来た上に、神器の適合性すら見出された。己こそが最も優れていると自惚れたこともあるが、そんな感情は少年と青年の境目の時期にジネットを見た瞬間に吹き飛んだ。


 当時のジネットは籠の中の鳥であった。誰も近寄らずに遠巻きに便利な道具として指示だけ下される日々を過ごしていた。しかしジネットはそれでも見返りを求めずに人を癒やしていた。

 誰からも必要とされていることを得意気にしていた。そう気付いてサリオンは己を改めた。フォールンのためにできることは、全て進んでするようになった。


 堕落の国が滅びないのはサリオンの手腕と言っていい。そもそも堕落の国というのもサリオンが意図的にしていることだ。

 完璧に腐らない、腐りかけの状態を維持していた。謀略も騒動も、種は全て国の中央部に位置させていつでも処理が可能な状態に持っていく。外縁部は穏やかに安定させて、兵を強くしていた。

 綱渡りの状況を続けさせる行為だが、サリオンには他者を操作可能とする神器があったためそれは容易いことだった。

 致命的な欠陥が起こらない、低空飛行を続ける国。サリオンとジネットを除けば地位は流動的で、平民にものし上がるチャンスがいくらでも用意されている。


 大過なく、差別なく、人々が安定して生活できる国。ジネットが夢見ているモノを完全に解釈した結果としてフォールンは形を整えられた。

 ジネットを愛する余りに、サリオンは彼女が普通の人間でしか無いということを考えもしなかったのだ。ジネットは良くも悪くも現実的に妥協した世界を夢見れるような頭をしていなかったのだ。



「許さないぞ……あの男……」



 視界が暗転する間際にジネットが駆け寄っていった、その先にいた白髪頭の男。ただ戦闘に長けただけの男が聖女を手中にするというのがサリオンには我慢ならない。

 彼女に相応しいのは完全無欠の人間しかいない。自分のように人を操るしか能のない男でも、戦士として優秀な男などでは断じて無い。


 ジネットの神器は支援特化。誰と組んでも相性はいい。白髪男がジネットと離れた時を再び襲って、ジネットの人生から排除しなくてはならない。

 その悲劇が彼女をさらに完璧にするだろう。


 サリオンは行動を再開した。

 

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