愛の視線
ジネットは守られて生きてきた。その根底には彼女自身の稀有な素質があるが、少なくとも本人がそう認識していた。
枯れた灰色と茶色に緑。ジネットは草むらの近くにあった岩の影に身を潜めている。彼女に初めて出来たパートナーであるコウカは、異変が見えた村へと飛んでいき近くにはいない。
心細さと不安と悔恨の斑模様を心の内に写しながら、ジネットは考えあぐねて動けずにいた。ジネットが今まで世話になっていた村。それも暖かな空気の村に何かが起こっているのだ。
(やっぱり……私も行くべきでは無いのでしょうか? コウカ様お一人に任せて、私はここで一人身を守っているなんて!)
ジネットはコウカとある意味では同種の人間だった。どう動こうが後悔するし、どう考えようが間違っている気がする。
自己評価が低すぎる人間特有の卑屈さを持つ超人。それが二人の共通点だ。コウカは目で見たことのある遠い理想像を知り、ジネットは育ちの良さからくる善良さを持つのでそれがある程度の社交性に繋がっているのが皮肉ではある。
(煙が上がっているということは、火事の可能性があるのですね。私の神器なら水を出せるし、火傷した人たちも救える……!)
ひどく次元の低い想像を展開して、ジネットはコウカの指示を無視しようと考え出した。素人考えも良いところであるのだが、この場合に限っては最初からそうしていたほうが賢明だった。
草を踏みにじる独特の音が聞こえて、ジネットは震えた。振り返ってみればそこに先日見た顔があった。
「オルガード卿……貴方また……?」
フォールンでジネットを追ってきた聖騎士。コウカと一合交えた結果として気絶させられた男。
また来たのか。怪我は無かったのか。溢れる質問を口にしようとして、ジネットは硬直した。オルガードの姿が普通では無かったからだ。
格好などがおかしい訳ではなく、美々しい甲冑姿は変わらない。ただ……その手足と胸元に剣が突き立っている。どう見ても生きているようには見えず、実際に目は虚ろだ。
その異質さは箱入りにも伝わる。冷静に見れば誰でも感じられるはずだ。その剣が突き刺さっているが、その差し込み口からは何の液体も流れていない。本来人に流れているはずの赤い液体すらもう無いのだ。にも関わらず彼は動いてやってきた。そう……刺さっているのは聖剣だ。
神器の眷属である聖剣を5つ用いることにより、もはや動かなくなって時間の経つ死体すらも操作していた。神の威厳も人にかかればこの通り。
『ジネット様……迎えに来ましたよ。さぁどうぞお戻りに』
「オルガード卿? それともサリオン……?」
どちらかをジネットは判断できない。それもそのはずで、ジネットはサリオンという同僚たる神器使いと大して親しく無いのだ。
不仲であったわけではない。事務的な会話を交わしたことは多い。共に仕事をしたことだってあったが、それ以上では無かったのだ。
だというのにサリオンという男をジネットは全く掴めていないのだ。そのくせサリオンはジネットに執着しているという噂だけが流れて来るのだから、人間として不安に思ってはいたのだ。
『サリオンです。このオルガードは任に失敗されて処罰となりましたが、稀有な素質の持ち主ゆえこのような姿になりました。これも全ては貴方が始まりです』
「私のせいだと……!?」
『神器使いとは国の守護神。一種の現人神だと、そう云う者もありますが、それは間違いです。我々神器使いこそが国そのものなのです。神の周りに我々がいる。そして我々の周りに壁が出来て、人が住む。それが世の流れ。事実として神器使いの無い国は全て滅ぶか、どこかの走狗に過ぎない』
それは全くの正論で、事実を指摘していた。
そして、それにジネットは初めておぞましさを感じていた。この男は正気だ。そして、正気のまま狂っている――そして私に向かってくると……
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