水膜拒否
オルガードの手が伸ばされる。それに対してジネットは身を縮こまらせた。
正直なところ、もし本当にオルガードの手ならばジネットもそれほど怯えはしなかっただろう。だがこれはサリオンの手でもあった。そのことがジネットを激しく揺さぶった。
「――神様! お願いします!
『なに……!?』
手に持つ水盆が光り輝き、青を周囲に散乱させる。
その色は次第に現実として現れて、水となる。その水がジネットの周囲を巡って球状の壁を形成した。
紛れもなく神器の発動。だが接続による詠唱も無く、どちらかと言えば魔術に近い。ジネット自身が如何に戦闘に向かない性格であろうと、その才は確かにあった。
『は、はは! これは驚いた! こんなことが出来るのか!』
神器使いは神威の代弁者。だが多くの神器使いが都合のいい武器として扱う。そして神の側もそうだ。神の意向一つで傀儡となってしまう危険性、確かな上下関係が神器使いにはあるはずだ。
ジネットは神器に頼んだ。自らを守ってくれと願ったのだ。
『祈り! 神と人との正しい関係性! それを以て奇跡だけを地上に降ろす……まさしく聖女。国が祭り上げるためだけに付けた名を体現するとは!』
「くぅぅっ……」
サリオンは何人もの神器使いを知っている。だがこんな使い方ができる者は一人としていなかった。
神器の側が応えているだけだから反動も無く、何かを消費するということもない。恐らくは神器との高い適応だけでは不可能。神自体がジネットを尊重していることが前提にあるからこそ可能なのだ。
サリオンが伸ばした腕は、水膜に阻まれてそれ以上伸ばすことが出来ずにいる。オルガードの肉体を操っているサリオンだが、本数を増そうと聖剣は聖剣。神器そのものに及ばないという上下関係が場を支配していた。
しかし……
「しかし! 悲しいかな、支援に特化した神器ではこれ以上は何も出来まい! ジネット様……諦めて我が国へと戻るのです!」
オルガードの手が水膜を無理矢理に押し通ろうとする。鉄壁を超えた神威の壁に向かって無理矢理に力を込められた腕の骨にはヒビが入り、次いで折れる嫌な音がした。それでも込められる力は衰えるどころか、増していく。
サリオンにとって、オルガードは所詮便利な人形でしかない。例えバラバラになろうともサリオン自身に何の負担もなく、一向にかまわない。
神の恩恵を突破しようとする人の執着と悪意を前に、ジネットはむしろ落ち着きを取り戻した。
「焦っていますね、サリオン」
「焦る? 私がですか? 追い詰められているのは貴方だ。私が失敗することはない」
「ええ、そうでしょう。貴方は城の奥から可愛そうなオルガード卿を操っているだけ。どう転んでも貴方は安全で、幾らでもやり直すことができる。でも……それはこれまでの話。彼に会ったのでしょう?」
ジネットにとって、サリオンはよく知らない人間だ。だから怖い。怖かった。
しかし、こうして語りかけて見れば見えてくるものもある。そしてジネットもかつてのジネットではない。ほんの一週間ほど籠の中から抜け出した、その僅かな期間でジネットは一つのことを確信に変えた。
そう――私は聖女などではない。そんな立派な存在にはなれないのだ。
「コウカ様はここに来ます。貴方が語った真理から外れた……いないはずの、国家に属していない神器使い。貴方が城の奥に籠もっているだけで勝てると言うなら、私はあの人が来るだけで勝てる!」
誰かに勝とうとする。
それ自体が初めての体験かもしれないが、恐れることはもう無い。稀有な才能による持久戦をかなぐり捨てて、美しい覚悟の声が響く。
「目覚めろ、神器よ。神々の威光を世界に知らしめん――!」
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