身の丈に合う
自分にこうした殊勝な心がけが存在するとは、思っても見なかった。そう思いながらまだ夜露の残る草を踏みしめる。
隣にいるのは老いた農夫ボンヴェさん。腰が常にお辞儀をしているように曲がり、歩けているのが不思議なほどだ。手助けするのも何か違うな、と思うので歩幅だけ合わせて歩いていく。
「すまんな。騎士さんに手伝わせて……」
「隊商が来るという日にはまだまだ日がありますからね。こういう日があっても良いかな、と。ただそれだけだよ」
この村の生活は厳しい。本来ならば我々に出した食事でさえ惜しかったはずだ。この農夫についていった先で、何か食えるものを取れるのなら良いことだ。
ボンヴェさんが言うにはこんな地ではろくな作物が育たないので、薬草を始めとして少しでも値が付くものは片っ端から集めて売るという。
たとえ枯れ木であっても薪木の代わりにでもしてしまえばいい、とのことで休んでいる暇は無い。突然の来訪者を受け入れたのも娯楽の不足から来る反動だったのだ。
しばらくすると、短めの草が生い茂る地についた。
ただの灰色っぽい草原に見えるが、ボンヴェはそこに腰をかがめて草を摘み取っていく。
荒れ地と一口に言うが、想像以上に多くのものを見つけられるのだ、と感動する。どこかに上手く留まれた試しの無い俺には不可能なことである。
動物を探しつつ、老人の拾ったものを背中のかごに入れて待つ。
「お、トカゲっぽい生き物」
槍を体積分だけほつれさせて、ひょいっと振るえば人の胴ぐらいの大きさはある爬虫類が釣れた。鋭敏な生物らしくそれなりの速さで逃げようとしたが、俺と樹槍から逃れられるはずもなし。
哀れなトカゲのような生物は、諦めたように槍の網でぐったりとした。
「食えるのかな、コレ……」
「いやぁトカゲとかは寄生虫とか面倒だから食わんなぁ……たまにここらで見るやつだが捕まえようと思ったことも無かった……ま、干して薬のたぐいとか言えば売れるかもは知れんが……」
「じゃあとりあえずは持って帰るか」
槍を元に戻す過程で刃を先に戻す。
樹槍が元の形態に戻ったときにはトカゲの首は既に無かった。
血が止まるまで放っておいた後にかごに詰め込むが、元が大きいのでそれなりの圧迫感を覚える。
「しかしアンタ、力持ちじゃし変な棒を持ってるんだな。都会の戦士様は皆そうなのかね?」
「魔法の武具とかはたまーに見るけど、これほど変なのはコレぐらいじゃないかな? というか売ってるやつが本物かどうかは知らないなぁ」
聖剣を人間が開発した以上は、ある程度の魔術が込められた武具というのが実在していてもおかしくはない。
どちらにせよ魔力めいたものは消費されるだろうから、素直に術を学んだ方が手っ取り早いような気もするのだ。
俺個人としては魔器使いなので一々余計な努力をしてまで習得しようとは思わなかった。他の同胞にしても同じだろう。
「魔法ってのもよく分からんよなぁ。世界には神器みたいなトンデモな術もあるのかねぇ……あの魔女がいるんだしありそうだ」
師の姿を思い出して、背筋を寒くしながら辺りのものを片っ端から拾っていく。籠はあっという間にいっぱいになり、俺は結局爺さんの分の籠まで背負った。
「ワシ一人ではこれほど持って帰れはせん。助かったよ。騎士様がよければ、村にずっといて欲しいもんだ」
「俺もできればそうしたいと思うよ。でもなぁ……」
多分、これからも騒動の種は魔女の弟子を狙って飛んでくるだろう。俺は立身出世のような劇的な生は求めていない。分不相応であるだけではなく、目立つというのはひどく面倒である。
我が生を穏やかにするには、どうするべきか?
その答えは分かっている。ただ、考えたく無かった。
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