無自覚の魅力
夕暮れ時、ジネットはこの村にたった二人しかいない子供達の相手をしながら時間を過ごす。傍から見ていると子供達を上手く扱うお姉さん、といった風情だが実際には逆であった。
「きゃっ!? うぅ~、また負けた……!」
「あはははっ! ジネット姉ちゃん下手くそ~」
「下手くそ~。きゃはははっ!」
「もう! 汚い言葉は使わないの!」
地面に図形を描き、次に他のものが順番を決める。そして、残る一人が軽く飛び上がりながら、順番通りに図形を踏んでいく遊びだ。
会話から分かるとおりに、ジネットは負け続けていた。
神器への適正が見出されてからはほとんど軟禁状態、それ以前もさしてお転婆な性質でもない彼女では仕方が無いことかもしれないが……身体能力も強化されているはずの存在にしてはお粗末が過ぎた。
ジネットは明らかに運動に対するセンスというものが不足しているようだった。
仮にこれをコウカが遊んだのならば、大人げなさを存分に発揮して鼻歌混じりに超高速で達成したであろう。
恵まれた体格を持て余す大男のように、持って生まれた適正というのは馬鹿にできないのは確かなようだ。
「も、もう一度……!」
「ジネット姉ちゃんじゃ、無理無理~」
「むりー!」
「な、なにをう! 私だってやればできるんですからね! やれば出来る子です!」
男の子と女の子が囃し立てる。
ジネットは真剣に年長者としての意地を見せようとしているのだが、そこに備わった純粋性が加わって子供達に完全に溶け込んでいた。
会って数日にして既に慕われている。
絵物語のお姫様のような美貌と、子供の意固地さが合わさり不思議な調和を満たすのがジネットの魅力だった。
当人は知らないことだが、堕落したフォールンの国の首都ではジネットのそうした点に魅力を感じる人々はかなりの数に上る。
もちろん、彼女の神器の能力による卓越した治療法によって所謂上流階級の人々しかジネットのことを知る人々はいなかった。だが堕落の頂点に立つ人々にとって汚れを知らぬ乙女は鑑賞対象であり、純粋培養された聖女を皮肉っぽく愛玩動物扱いしている人と合わせれば結構な人数になったのだ。
退廃の味を知る人は目の肥えた人でもあり、そんな人々が愛でていたジネットが寒村に放り込まれたのだ。
少ない村の住人達は皆、ジネットを受け入れることに何の疑問も無かった。
こうした村の住人らしい狷介さを当然に村民たちも備えていたが、光輝の存在を前に根拠のない排他心はあまりに無力だった。
「天使さまのようだね、ジネット様は」
「そうさな……旦那さんと一緒に巡礼中と言っておられた。心まで清いとは今どき、珍しいお人さ」
「まぁ今どきの人なんて、ずいぶんと見ていない気もするがね。案外に都の人々というのはあんな風なのかね?」
彼女こそがフォールンを支えていた一柱である神器使いであり、まさに都の聖女などとは夢にも思わない村人達である。そもそも当人にそうした自覚が無いのだから当然の反応であった。
ジネットは村民達を良い人達だと信じて疑わず、村人達もそれに応えてジネットを善良な人だと信じる。
それは事実であり、善意だった。まさかそれが破滅の道を形作ろうとは誰も考えていなかった。
それを作り出す者以外には、誰も。
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