聖女の曲がり角


「ふわぁっ!」

「変な声出すなよ! 気が散ったらどうするんだ! もう散っているけど!」



 乗ったことは無いが、疾走する馬に乗ればこのような心持ちなのだろうか?

 男の腕は見た目には日頃接する者たちのソレと何一つ変わらないが、己の身体から伝わる感触は大木のように硬い。


 それが不快かと言われればそうでもなく、大樹に身を任せているような安心感があった。それがこのコウカという男の強さから来るのか、人柄から来るのか……私には分からない。


 というより治癒を受けに来た男性でない者と触れ合うなど初めてのことである。どうしても顔が赤くなる。これでは時折隠して差し入れられる娯楽本のお姫様のようである。

 


「1,2,3……俺の探知できる圏内だけでも4人はいる……聖騎士に慕われすぎだろ、本当に何なんだアンタ」

「私に言われても……というかですね? 慕われているわけではありませんよ!」



 僅かに残念なことに、この白馬の騎士ならぬ白髪の戦士は口があまりよろしくはなかった。時折立ち止まって、耳を澄ませるような姿勢を取った後はたいてい愚痴を零す。

 ぐちぐち、ねちねちと……そこには私に対する遠慮も無ければ、礼儀もない。それは先ほどとは別の意味で顔を熱くさせるが、同時にそれを小気味いいとも思う。


 しかし、本当に奇妙な男性である。彼には何か特殊な力が備わっているのは疑いない。それも何かとても力を持っている気がしてならないのだ。

 聖騎士達に感じる感覚とは似ているが、何かズレている。



「あの……貴方も神器に選ばれたのですか? 神殿やお城では見ないお顔ですが……」



 だとすれば、自分と同等以上の地位を持つ。これまでの接し方もこちらの非礼となるだろう……そうした疑問に白髪頭の青年は吹き出した。



「お顔! なんだその表現、聞いたこともない! ……まぁ似たような物を持ってはいるが、選ばれたというより利害が一致したというか、手を組んだというか何というか……ん?」



 風のように流れていく景色が止まる。また何かを聞き取ったのかと、思いきや別の何かを気にしているらしく、こちらの顔をちらと見ては顔を青くしたり白くしたりと一人で百面相を繰り広げている。


 そうしている内にぽんと飛び上がり、黒い煙を吹き出す煙突が据え付けられた屋根の上に着地して、私を降ろした。


 突然のことに座り込む私の肩に手を置いた彼はとても真剣な目でこちらを見つめてくる。かすかに震えてさえいた。



「……も?」

「はい?」

「“貴方”も?」

「え、ええ……失礼とは思いましたが、とても私と似た雰囲気でしたので……貴方も神器使いなのかなぁ……と……」

「も……も……つまりアンタは……」

「はぁ……私もそうですけれど、コウカ様は違うのですか?」



 そう問いかけると奇妙な青年はさらに奇妙な行動を取り始めた。一人で頭を抱え込んで、時折かぶりを振る。かすかにうめき声が聞こえて少しばかり怖い。



「そういうことはもっと早く言え、グロダモルン! 聞かれなかった。じゃあない! お前時々間抜けだよな!」

「ひゃっ!」

「ああ、すまん……アンタに言ってたわけじゃないんだ……」



 するとそれは独り言なのだろうか? 一人で過ごす時間が多いためか私も多分に独り言を言うがその勢いは流石にどうかと思う。

 ぐったりとした様子になったコウカ様は今度は気乗りしない様子で移動を再開する。どうやら目的地はちゃんとあるらしく、足取りに迷いはない。


 しかし神殿を抜け出して、奇矯な殿方と二人きりで舵を預ける……これからどうなるのか今更不安に思えてきたが、もう止めようが無い。

 


 中々に素敵な出会いだったはずだが、その印象を私は取り消しはじめていた。

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