解体集団

 目の前で手際よく解体されていく翼竜の死骸。

 その作業工程を最初は退屈にも感じていたコウカだったが、しばらく見つめる内に熱心に見守るようになっていた。


「鱗」

「三番の鉈を」


 作業員達はごく短い言葉だけでやり取りを交わしている。外見は統一されたように白フードの長衣姿だ。

 翼竜は亜竜と言われているが、それでも竜は竜。簡単に言えば鉄よりも硬い。それをこの集団は知恵と工夫で分解して、一定のリズムで作業を次へ次へと進めていく。


「凄いな……」


 コウカは唸った。

 コウカは〈半端者〉という称号通りの小者だ。鍛えた者が規格外だったからこそ、世界の英雄と互角の存在になったが……英雄という枠組みで見れば相変わらず半端な地位にいるだろう。


 半端者である彼は、突き抜けた“何か”を持たない。それは精神的な意味でも、技量的な面でもそうだ。魔女の手によって歪められて凡人で無くなったのは確かだが、本人にはその能力に相応しい気概は全く無く。そして、そこからさらに這い上がろうともしなかった。


 同時にだからこそ〈半端者〉は輝かしい者に弱い。自分を直視してくる〈完璧なる者〉への態度も羨望と尊敬の裏返しである。


 それは目の前にいる職業集団にも同じことが言えた。


 彼らはコウカが最近知り合ったならず者仲間の“蛇顎”が雇った者達だった。とはいえ、彼ら自身は後ろ暗いことなど何もない。


 翼竜を今まさにそうしているように、彼らは解体を生業とする集団だ。皮なめしの仕事が門の外で行われるように、かつては謂わば賤業の類とされていた。

 しかし、冒険者という存在の発生。そして神器の力を借用できる聖剣使い……聖騎士の出現によって人が化物を討ち果たすのも珍しいことではなくなった。


 それと同時に彼らは己達の特殊技能を賤しい技から誇りへと昇華した。


 解体して運ぶ。とだけ言えば随分と簡単なようにも思えるが、それは実際にはあらゆる技術の集合体だ。血肉を低温保存。鱗を傷付けないように輸送。

 今や彼ら“解体屋”は請われてようやく動く存在にまでなっていた。


「それは良いとして、何で“蛇顎”のおっさんはそんな人達を呼べるのやら?なぁセネレ?」

「……お金?」


 自分の背中にもたれ掛かる灰の少女に質問すると、実に身も蓋もない言葉が帰ってきてコウカは苦笑した。

 しかし実際にはそう間違ってはいない。“解体屋”はその地位を確固とする過程で、信頼できる商人との繋がりを持つ必要があったため。そちらに目端が利く者ならば動かすまではともかくとして、依頼を出すことは難しくない。


「それぐらい白銀翼竜が貴重な存在だということですよ」


 野太いが丁寧な声がコウカにかけられる。

 他と同じように長衣姿にフードのために顔は分からないが、その体躯の立派なこと!背丈はコウカより頭二つは上であり、布で隠れた腕は胴体ほどにもある。


「……あんたは?」

「私は皆様の言う“解体屋”の渉外担当です。規則なので名乗ることはできませんが、この短い期間よろしくおねがいします」

「……しくー」


 セネレの奇妙なよろしくにフードが少しだけ揺れた。笑っているらしい。案外と人好きのする性格なのかもしれない。


「あんた達はいつもこうやって、依頼人達と話をするのかい?」

「いいえ、実のところを言えば稀です。どういう訳か、私どもの“得体の知れない”という部分を重要視する依頼人の方もいらっしゃるので……」

「ははぁ、世間の期待には応えないといけないわけか。ではどういった気まぐれで?」

「何というか……お礼でしょうか? 我々にとって経験こそが真の財産。白銀翼竜のような珍しい亜竜を分解する機会は、古竜と同じくらい無いのですよ」


 ……修行時代に出会った魔獣を金に換算しようとしてコウカは止めた。恐ろしいほどの額になりそうである。

 白銀翼竜とも出会っただけなら数回はあったのだ。


「販路まで含めて、今回は勉強に努めさせていただきます。それと……今回のように珍しい魔獣を倒された際には是非、御一報を」


 そう言って硬い金属板を手渡される。

 割符のようなものであり、信頼できる商売相手にわたす類のものである。そうとも知らずに半端者は笑った。


「こんな獣と戦うようなやつに、連絡先を教えるのは止めたほうが良いと思うな。あんた達ならもっとマトモな連中と付き合いがあるんだろう?」


 とはいえ人との繋がりはありがたい。何をするにも頼れる存在がいることはいいことだった。魔女には絶対に頼りたくはない。


「名高い冒険者や騎士よりも貴方のほうが私どもは信頼できます。貴方は私達を見下す目を一度もなさらなかった」

「ただ眩しいだけだよ」


 一つの集団が一つの仕事に打ち込む。

 それはコウカのような人間には決して得られぬ輝きだった。だから見下すなどできるはずもない。


 ただそれだけだ。


 そしてこれにより、また運命はかき乱される。一つの波は幾つもの波を呼ぶ。運命なき者が一人完成した時点で魔女の企みはほぼ達成されているのだ。

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