サナギと亜竜
ならず者の集団は恐慌状態に陥っていた。
「押すな!お前から殺すぞクソ野郎!」
「くそっ!前のやつおせえぇんだよ!」
怒号を脅威ではなく味方に向ける男達。
終いには自分が先に脱出しようとして、同類へと剣を突き刺してかえって遅くなる始末。リア医療聖騎士団の者たちも混ざっているために、俄に競争の場と化した戦場はより醜く、混乱を来す。
当然のことだった。
誰もがあんな存在の登場など予測していない。翼竜…本来は軍が相手をするべき相手だ。ならず者達が威を張れるのはあくまで自分たちより弱い相手だけだ。
それはリア医療聖騎士団についても同じことが言えた。かつての彼らならば或いは戦ったかもしれないが、略奪の味を知った騎士たちはもうただの豚だった。
ただの修羅場ならば賢い人間である“蛇顎”が、取り残されてしまったのは皮肉なことだった。
彼は敵陣中で商売をする。勿論、安全な地帯を見つけてではあるが、剛毅なやり方だ。無謀と評する者もいたが、蛇顎からすれば後方だろうと安全は無いと知っているだけに過ぎない。
今回はそれが完全に裏目に出た。
「くそっおい!髭根!綿泥棒!お前らはとっとと逃げろ!」
陰鬱なフード姿の髭根と頭の中身が無いような顔の綿泥棒に、蛇顎は声を張り上げた。二人ともに一芸しか持っていない手下達。蛇顎の下で働くしか行く道がない哀れな連中だった。
「そんなぁ!兄貴はどうするんですかい!?」
「残った代金を持っていかにゃならん!後で追いつくから行け!金が無けりゃ俺達はどうせ共倒れだ!」
それを聞いて“髭根”は悟った。この人は賢くなんかなかった。ただのお人好しだ。
元々連絡役である髭根は蛇顎に接する機会が多い。この人は悪どいやり方もしたが、自分たち手下を使い捨てたことが無かったことに思い至った。
「アホですかい大将。アンタ一人で商売道具を持っていけるわきゃないでしょう」
「てめぇ髭根…」
「綿泥棒、お前は耳の山を担げ。俺は質のよさそうな分捕り品だけ担ぐ。大将は貨幣を持ってください」
「お前…」
三人が三人共価値がある物を持つ。
とはいえダウンまで退くにせよ…退く場合こそ無理難題だ。儲けた彼らを翼竜より強欲な敗者達が襲うだろう。
「髭根。綿泥棒。どちらにせよ、これだけの荷物を抱えていたら動けねぇ。悪かった。俺は馬鹿だった」
“蛇顎”は屋敷とほとんど変わらない大きさの翼竜を睨みつける。
翼竜が彼らを狙わないなどと、彼らの側からすれば分かるはずもない。
「…荷を隠せ。そんでもって探し出す。アレを倒せる連中を」
心当たりは二つ。
一人は既に名高い“斧女”アマンダだ。豪放な性格から組合とは折り合いがつかなかったが、それでも青玉の地位…冒険者としては上から二番目だ、にいた女。
もう一つは…
蛇顎…ロウバーが男の顔を思い浮かべた時、轟音が響き渡った。
ロウバーは今更気付いた。…アレはなぜこんなところで暴れまわっている?そして、なぜ自分達はまだ死んでいないのか?
「…アレと戦ってるやつがいるのか」
誰か、と思い浮かべれば、もう一人の怪人物しか浮かばなかった。
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危機に陥った時こそ静かに、そして事態と自分を把握する。
魔女に教わった戦闘技術の基本。〈半端者〉にとっては最も苦手なことだ。
人間のように器用な体勢で放たれた蹴りで、木柵がどこかへ飛んでいった。数秒してからどこかに落ちて砕けたらしい音を聞く。
先程まで中にいた屋敷と大差ない大きさの亜竜。破壊力は大したものだったが、隙が大きく、今までの半端者と樹槍にとっては絶好の好機と言えた。
「…伸び縮みは難しいか!」
地面に樹槍を突き刺し、魔棘へと変化させようとしたコウカは結局何も出来ずに次の回避へと移行する。
事態を把握しようとすればするほど、自分から欠け落ちたモノを見つけるだけなのにはウンザリしてくる。
「形の変化は槍のサイズ分だけ。再生はゆっくり。すっげぇ使えねぇ!」
『ふざけるな。そこらの槍と比べれば、今の状態でも遥かに上だ。痛みを怖がるから、押されているだけであろう』
新しく知ったこともある。
樹槍は元が植物であるためか、痛みというものへの恐怖があまり無い。根は同じ半端者でも考え方に差が出るのはそういう時だった。そのくせ死ぬ…消失への恐怖は持っているから性質が悪い。
樹槍からすれば「死にたくないから、さっさと行け」になるが、コウカにとっては「痛いのは嫌だから、じわじわと攻めよう」となる。
能力が低下している上に、接続が深まったからこそ心が離れる。これではかつての方がマシだったと、コウカは嘆く。
だが、〈半端者〉は気付いているのだろうか?その状態でも身体能力の向上は解けていない。いいや、特に意識せずともかつての起動状態へと移行していることに。
それがサナギ…新たな形態への移行へ至る前段階だ。もっとも動物のソレとは違い羽化にはある物が必要となるが…それを知っているのは製作者だけだ。
ゆえにこの変化は当人たちにとっては弱体化にしか映らない。
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異常な速さで振るわれる、尾の一撃。
強靭な筋力に加えて、体全体を同時に回転させる動きだから速く、そして体が大きいからこそ重い。
金属質の鱗と樹槍がぶつかって、軋む。
その姿を見た白銀翼竜は不快感を示した。地を這う虫けらが、自分の一撃と真っ向から対峙して引かない。誇りが傷つく。
それは冗談のような図だろう。巨大な体躯を相手に文字通りの人間大で、力比べが成立している。力だけでなく、技と、樹槍を地面に打ち込んだ結果とはいえ…それだけだろうか?世界の理を無視しているようにしか思えない。
白銀翼竜は思うのだ、コレは生かしておいてはならない。高い知性がゆえに、運命の後押しを受けた翼竜は敵を排除する。
翼竜の口が光る。頭部の鱗が月光を受けてではなく、自らのエネルギーで輝く。
「ちょっ…!」
翼竜の尾が払われるのではなく、押し込まれる。それに耐えるために半端者は動けない。
そこへと放たれるのは、ブレスと称される竜だけの魔術。偉大なる月光で己の尾もろともに異物を消し去ろうとしていた。
…自分が傷付いても勝利を求める。野生とはかけ離れた姿に疑問を感じるコウカだったが、言語化するだけの時間も無かった。
輝く光にコウカは死を思った。自分へと放たれる光線を幻視したが、それが身に降りかかることはなかった。
翼竜の目に何かが刺さった。
痛みに鈍い巨体だからこそ、その一撃が余程に衝撃となったのか、辺りを吹き飛ばしながらも亜竜はのたうつ。
…半端者にはそれが短剣だと見えていた。
「…当たった。自分でもびっくり」
「セネレ!?」
スリングのように、木の枝の先に嵌めて飛ばす短剣だ。来たときには持っていなかったので、自作したのだろう。
「やるじゃねぇか!“灰の首輪”!」
賞賛とともに、飛び込んでくるのは長身の女傑。
アマンダの左手に握られた斧が翼竜の足指へと叩き込まれる。そして右手のメイスを使ってより深く打ち込み、相手が自分を捕捉しようとする前に離れた。
完璧な攻撃と離脱の流れは彼女が生粋の戦士であることを示す。
…なぜ来たのか。彼女達は逃げることができたはずだ。
その疑問に答えるように、革鎧の男が近くに立った。
「蛇のおっさん!」
「“蛇顎”だ。ルールを守れ、あと依頼もな。…ここで手に入った戦利品で“斧女”にこいつの退治を依頼した。お前がどうするかは知らん」
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