亜竜
翼竜は俗に亜竜と称される。
それなりの数を見ることのできる山もあることから、滅多に姿を見せない正真の竜よりも下等であるという風潮があったのだ。
生活圏が余り人間と一致しないことから、山間に構える国家でも無ければ害があるとも見なされていない。竜でありながら竜でない、そこから王家に連なる名家が紋章に使うこともあった。
それはさておき、翼竜の中にも種類があり戦闘能力という狭い視野で見ても種族内で結構な幅があった。
その中で白銀翼竜は最悪の手合と言っていい。ただの空飛ぶトカゲとは一線を画す存在だ。なぜ色が違うのかは今も分かっていないが、希少金属を取り込んだとも言われている。
端的に言うと硬かった。
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それこそ自分が這うトカゲの側のように動く、動く。
翼竜の類は巨大であることから、足元へのまもりが薄い。場所が屋敷跡なのも幸いして、散らばった瓦礫の間からの攻撃に成功する。
魔女の弟子の膂力で鋭い槍がねじ込まれる…が、質のいい武器程度の槍は力と硬さに挟まれて柄が保たなかった。
舌打ちしながら、来た時と同様の動きで撤退。どちらが獣か分からない光景だった。樹槍を背中の包から取り出す。
…怖い。恐怖を感じる。これはいつものような痛みなどへの恐怖とは違う。死への恐怖。最も当たり前であるが、〈半端者〉が時折忘れそうになる感覚。
「…おい、グロダモルン。もしかして…再生ができないのか俺は?」
『否。それ自体は可能。しかし費やすモノが無い以上は以前のようにはいかない。我らにも分かりやすく言えば今までよりも遅い』
接続が深まって弱くなる魔法の武器って何だ。
しかし普通の武器よりは遥かに強力なことには変わらないため、文句も言えない。
『…聞こえているぞ』
「聞こえてんのかよ!まぁいいから逃げるぞ、うん」
幸いにして、賊党も残っている。ならず者達も大半が健在。餌を求めて来たのならば、有り余るほどだろう。わざわざ付き合う必要などないのだ。そう思っていたのだが、這う動きで逆走しながら家屋の影に隠れても音が離れない。
地響きに近い巨大な物音は間違えようも無く、翼竜の足音だ。
「追って来てるのか!?」
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「予想された範疇ではあるが、面白いな。運命を修正するために手近な強者を誘導させた、そんなところか」
最も考えられた神器使いを動かす、という手は運命の側からしても中々に取り難い手段であるようだ。
敗北した際のリスクが大きすぎるのか、あるいは神々ほどに強力ともなれば容易くは干渉できないのか。そのあたりは調査が必要である。
魔女もここからは知らない領域。となれば泳ぎ回る弟子の姿から学んでいく他はない。
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追われているコウカからは知らないことだが、翼竜は植え付けられた感覚に従って、異物を無意識に追っているに過ぎない。
自己の意識から出たことではないゆえに強固な縛りとなっているが、同時に大まかな位置を感知できるに過ぎなかった。
「しっつこい…」
『逃がす気は無い、ということだな。さてどうする
「どうするって言われてもなぁ…」
翼竜が本気で対象を絞ったのならば、逃げられない。コウカがいかに人間離れした能力の持ち主でも、翼竜はその名の通りに翼がある。捕らえられるかは別の問題にしても、追いつけるかどうかで言えば白銀翼竜が圧倒的に有利だ。
「…このままダウンまで引っ張っていったら守備隊が退治してくれないかな?」
『…
「命を張れば…の話だろうがそりゃ。アイツが騎士達を潰してくれたお陰で、取り分も少なくなったし、賭金が高過ぎる。竜の巣に行った時のことを覚えていないのか?」
恐慌を引き起こして逃げ惑う人々を盾にするように、地面を這う半端者。動きと自分の槍に語りかける姿が相まって、かなり不気味な行動である。
恐らく、というよりは確実にごく一部の人間はどちらかと言うとコウカから逃げていた。
人混みでやや速度が鈍った所に、鉤爪による一撃が振るわれる。
コウカは危なげなく回避したが、ならず者の3人が巻き込まれて肉片を撒き散らす。むせ返るような血の匂いにも関わらず、翼竜はじわじわと迫ってくる。
「飯を食いに来たわけじゃないのか?なんなんだよコイツ!」
『やはり戦う他は無いだろうな。どうも何かしらの錯乱をしているに近い状態のようだ』
樹槍から伝わる視界の共有を使って、半端者は逃げ回る。慣れてみれば便利な能力であった。
「だから、戦うとかナシだろ!相手は飛べるんだぞ!?あっちはいざとなれば逃げれる!超羨ましい!それをなんだお前は他人事みたいに!」
『実際、他人事だ。我と主は同一体ではある。が、主が倒れ、その手を離れても我はただの槍に戻るだけだ。あのトカゲはどうにも主を狙っているようだしな』
口喧嘩をする程度には余裕がある。白銀翼竜はタンロの神器使いに比べれば可愛いとさえ言える相手だ。
だがそれも逃げているだけならば、の話である。戦うとなれば魔女の弟子であっても無傷とはいかない。
かつて古代竜の巣に侵入した際は他の魔器使いも同行していたが、それでも戦闘は避けた程に竜と人の性能は離れている。亜竜であってもだ。
過去に思いを馳せている間に、翼竜は意外に距離を詰めていた。
コウカは咄嗟に近くにいた賊の小者を蹴り飛ばしたが、翼竜は子犬を轢き殺す馬車のようにそれを無視した。
「しまった!」
些細な違いだが、翼竜の首は正真の竜種より比率的には長いことがある。古代竜と出くわしたことがあるという希少な過去の経験から、半端者は間合いを見誤った。
迫る口と牙から生臭い息が嗅げるような気がした。弾けるような音とともに顎が閉じられる!
…意外なことにコウカは無事だった。
それは回避に成功したというよりは、亜竜の狙いがコウカの右手に向いていたからだった。
「…おい、今のお前を狙ってなかったか?」
『…ふむ』
翼竜が狙っているのはコウカというよりは、魔女の弟子としての〈半端者〉だとしたら?そして、魔器使いは魔器と使い手が揃って完成する存在である。
『よし!戦うぞ我が主!この怪物を逃しては人々にも災いが降りかかろう!それを打ち倒すのは強者の使命…いや義務!』
翻訳…こいつは俺も狙ってるから、頑張って倒してくれ。俺のために。
「急に調子よくなりやがったなテメェ!」
魔器は担い手と気が合う存在である。物言わぬ草木の集合体として、それなりの物言いをしていたが、つまるところ樹槍もまた〈半端者〉なのだ。
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