兵士首
蛇の通名はそのまま“蛇顎”という。
蛇顎はらしくもない親切をした、と後悔していた。
“斧女”…元ではあるが青玉の冒険者であるアマンダが頭目らしきところから、興味が湧いてつい会話をしてしまった。
しかし、実際に言葉を交わしてみればあの連中は頭目という意識すら無い有様で…ついつい助言めいたことまで喋ってしまう始末。
「俺は悪党失格なのかねぇ」
「兄貴が甘いのはいつものこと…いてぇ!」
「“蛇顎”だろうが。ルールを守れ、ルールを!」
“蛇顎”は小銭稼ぎと大物狙いの半々だ。
戦場で比較的安全な場所を探り出すことに長けており、そこで商売をする。商売には“蛇顎”自身が戦うことも含まれている。
いずれにせよ手下がいなければ成り立たないやり方だ。最低でも見張りと連絡役が必要となる。
そんなやり口のせいか、他人を目で追って品定めする癖が身に付いてしまっている。コウカ達に目を付けたのもそうした習性から来た。
連絡役の“髭根”が耳打ちしてくる。
そろそろ、開始の時刻。狙うはお定まりの日が変わってから時3つ。
規律がある連中ならば丁度、番を変わる時だ。
身を屈めて、目標の地形を再確認する。標的の騎士団は丘から少し離れた村を食い物にしている。兜首がいるのならば、村長の家かあるいは酒場。
階級意識が抜けない連中は、下っ端とわざわざ場所を分ける。狭い中でお行儀よくしようとするから、更なる闇に食われるのだ。
まず確保するのは厩だ。
馬で逃げ出すのを避けるため以上に、馬は良い値段で売れる。その後は厠を拠点にして、じわじわととっ捕まえる。
計画を練り上げながらも、蛇はついつい変わり者達の方に目をやってしまう。
…あの連中は何か、気になる。金の匂いに近いが、少し違う。
そんなことを考えていた時、角笛が響いた。
集団を動かすのだから仕方ないが、こうもでかい音を立てる習慣はいずれ無くしたい。それは何年も後の話だ。自身が駆け出す時に、またチラリと新参者を見て思わず“蛇顎”は足を止めた。
「…なんだ、アイツ…」
先程見た男が、跳躍するかのような動きで丘を下っていく。他を圧倒するどころではない。名馬駿馬もかくや、という速度で駆け下っていくのを呆けたように見た後、後続に潰されないように自分も駆け出した。
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「ちょっ!おい、“白髪頭”!あたしじゃこの速度は維持できない!」
短距離なら等速で走れるという辺りは、アマンダも流石の怪物である。遠ざかっていく声の響きが奇妙な調子で聞こえてきた。
「ちゃんと金は山分けするからー!セネ、じゃなかった“灰の首輪”と一緒に来てくれ!」
通り名で呼ぶ、という規則をギリギリで思い出したらしい。速度が一瞬落ちたが、一人でさっさと村までたどり着きそうだ。
「あたしより協調性ねぇな!あの大将!」
「…同感。コウカは死なないから、ああいう真似によく出る」
「は?死なない?」
そういう二人も他集団を軽く引き離している。元々、身軽なセネレは独特の走り方で、英雄達に食らいついている。
「…見れば分かる。見ないと分からないけど」
「良くわかんねぇが…とりあえずやっぱあの大将とはもう一回勝負だな」
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響き渡る角笛の音に兵士たちは、とりあえず武具を装着して外に出た。
“蛇顎”が考えていたとおり、角笛の音は失敗である。堕落したとは言え、つい先日まで戦場で腕を発揮していた集団なのだ。危機感が麻痺していても、聞き慣れた音に眠りから覚める。
だから、彼らには何の落ち度も無かったと言っておこう。
「…何か今跳ねなかったか?」
「ウサギか何がぁっ!?」
兵士の一人が喉を貫かれて絶命した。やけにゆっくりと倒れていく同僚を見ていた兵士はそれが木で出来た細い杭だと気付いた。
「お、やった。槍貰う」
呑気な声に反射的に構えるが、続いて仕掛けられない。そうしている内に小気味良い音がした。
「コヒュー?ヒュー?」
それが自分の喉を裂かれた音だと理解した時、その兵士も倒れた。
「良い槍。金はあるところにはあるものか」
侵入者!
ようやく敵と認識した兵士たちは槍を構えて距離を取る。侵入者とはおかしい。彼らこそがこの村にとっての侵入者なのだが…
「…あれ?皆兜被ってるんじゃないか…どうやって見分けるんだ?」
騎士団の名は伊達では無いらしい。
随伴する軽装歩兵も、ちゃんとした金属の軽鎧と兜を装備していた。
「とりあえず、適当に蹴散らして奥に行ってみるかな?」
ここで適当にあしらわれた兵士たちは、少しした後に斧で脳をぶち撒けることになる。
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