安寧の戦い
ああ、戦いとはやはりこうでなくては。
「馬鹿が!一人で突出するとは所詮は素人よ!」
「お、兜が派手。あんたは騎士階級っぽいね」
それなりに大きな家屋に入った途端、目に入る甲冑姿。どうやら襲撃を知って待ち構えていたらしい男が仁王立ちをしている。
素晴らしい。ちっとも強そうに見えない。
「このところ、何だか強過ぎる人ばっかり寄ってくるから安心する…。強くなったら強いやつばっかり相手にする羽目になるとか、修行の意味無いよな…」
「何を呟いておるか。さては恐怖の余り気が触れたか?」
問題があるとすれば、殺さないように縛り上げる方法ぐらいだ。待ち望んだ弱敵を前にした、コウカには少し弛んだ顔の男が金貨3枚に見えていた。
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目立つという不利を背負ってでも、見栄を張る必要がある。騎士の装備は多くが派手である。
当然、自尊心からくるものでもあるが、味方からも判別できるようにしなければならない。そして敵から見ても目立つ、というのも不利ではあっても不利益を防いでくれる。相手が身代金などのために、殺さないでくれることがある。
今から起こることのように。
「さぁ来るが良い!この私、“リア医療聖騎士団”が一人!ロールゥが下賤の相手をしてやろうと言うのだ!」
明らかな誘いにコウカはノコノコと近づいていった。
飛びかかるでも無く、歩くという動作は意外だったがロールゥはほくそ笑んだ。
「今だ!」
合図とともに周囲から顔を出した小者達。それが一斉に小弓から矢を放った。取り囲んでいる形からの一斉射。
自分を囮に、敵を罠にはめて手柄を得る。それが彼のやり方だ。些か騎士らしさに欠けてはいたが、卑怯というほどでもない。
「見たか!戦場において、大事なのはここよ!こ…こ…?」
己の頭の良さを誇示しようとしてロールゥは止まった。相手は針鼠のような姿になっていなければおかしいのだ。
「ボウガンでも使ったほうが良くないか、このやり方。弓小さくて威力無いし」
コウカは当然のように健在だった。
ロールゥがいる真正面の攻撃が薄い包囲。そちらへ少し前に出れば、襲ってくる矢は幾らか減る。残る矢を槍で叩き落としただけである。
…普通の兵士や騎士は、矢を叩き落としたりはできないのだが、そのあたりはコウカの頭に無い。
「手下からは、右耳を削いでぇ」
呑気な声とともに、敵から奪った槍が唸りを上げる。
樹槍ならずとも柄が木で出来ていれば、コウカは驚異的なしなりのある槍技を再現可能だ。
しなりが早すぎて、獣が蠢動しているような槍。やや離れていた兵たちも、血とともに悲鳴をあげる。瞬間的に踏み込んで射程を伸ばしているのだが、一般兵からすればその場から振るっているようにも見えた。
「ひぃっ!」
「あつっ!に、逃げろ!」
右耳を失った兵達は突然の痛みを味わって、屋外へと逃げていく。
「ま、待て!私をおいていくなぁっ!」
「大将はとっ捕まえる。いやぁ仕事はやっぱりこれぐらいが良い。くそ強い相手が出て来るとか本当に勘弁して欲しい」
タンロの国は最悪だった、しかしフォールンは中々良い国だ。荒れたての国をコウカはそう評価した。タンロの国に来たばかりの頃も、楽でいいと思っていたことはとうに忘れている。
歩み寄るコウカに騎士は這いつくばった。先程までの威勢をあっさりと捨てる様にコウカは共感を抱いた。
「降伏する!騎士としての扱いを保証してくれぇ!」
「感動的な変わり身の早さ。いや、待てよ…」
捕まえて“蛇顎”に売りつければ金貨3枚。つまりは…
「右耳を貰ってから、引き渡せば4枚になるんじゃないか?」
まさに名案だった。自分の発想に酔いしれるコウカは、さっそく騎士を縛り上げ始めた。
相手の装備がもっと高く売れることには最後まで気付かなかった。
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アマンダが舌打ちしながら斧を振るう。
左手に持った片手斧で相手を一撃すれば、ザクロのように弾ける。右手に持った短いメイスを一振りすれば、立派なミンチが出来上がる。
「おい!さっきから右耳の無いやつしかいねぇぞ!」
戦う者には程遠い姿の少女に目をやれば、相手の懐に潜り込んで短剣で喉をいじくり倒しているところだった。
「…誰がやったか分かりやすい」
教えるんじゃなかったとセネレは後悔している。
セネレの知る世界においてコウカは文句なしに最強である。そして底抜けに間が抜けていた。
欲望丸出しで、騎士を探しに練り歩いたのだろう。そこら中の兵から右耳だけ奪いながら。
「あたしらは良いけどよぉ」
どこからか走ってきた兵を小突くと、それだけで相手は活動を止めた。右耳はやはり無い。
「…他の組からは不満が噴出するね」
首を拾うことを、小銭を拾ったように喜ぶ者もいるが…やる気を失っている者もいる。割合は半々と言ったところか。
耳が無い首は換金対象にならない。それは世の裏に慣れたものなら常識だ。いや、戦場経験が長いならばそうした風習があることは表の兵に騎士も知っている。
「あたしが言うのは何だが…」
「世の中、加減が大切」
せめてぬか喜びするものが出ないように、アマンダは全力で頭を押し花に変えることにした。
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