半端者の強さ
神話を模したかのような戦いは激しく、鮮烈に繰り広げられていた。
世界で2度めとなる魔器使いと神器使いの争い。惜しむらくは観客が神の傀儡しかおらず、虚ろな目で見守るばかりであることだった。
正気を無くした聖騎士達が乱入しないのには幾つかの理由がある。
まず単純に力量差から付いていけない。如何な戦場の花形、人類の誇る最新兵器である聖剣を担う彼らであっても、眼前で繰り広げられる戦いに混ざれば瞬時にゴミへと変わる。
次に神器の側が、神の恩恵を担い手へと集中させていることもあった。神器からしてみれば、魔女の弟子は絶対に討ち取らねばならない存在だった。
ゆえに走狗であるギョルズへと力を集中させている。端役に回す余力は無いと言わんばかりにだ。
対する魔器は元々が所有者へしか友愛を示さない。
結果として荘厳な一騎打ちが繰り広げられていた。
/
飛び交う瓦礫の合間を縫って、樹槍による突きを見舞う。
名も無き草木の集合体である樹槍は、槍と名付けられてはいるが、その形状にかなりの幅を持たせることを可能としている。
「ふっ!」
呼気とともに、再びの槍撃。
驚異的なしなりによって、ぐねぐねと軌道を変えつつも、鋭さを失わないソレは常識を打ち砕くかのような軌道で敵を追尾する。
槍と鞭を合わせて、更に互いの長所を打ち消さないようなものだ。そしてコレはあくまで樹槍の武器としての在り方に過ぎないのであった。
「くっははは!やるではないか!」
しかし、その変幻自在の連撃を持ってすら敵には届かず、虚しく空を切るばかりだ。敵となった聖騎士の長は、読めぬ筈の軌道を単純に速度でもって躱してのけたのだ。
…怪物め。
内心で毒づく。外ではとてもそんな余裕はない。
単純な身体能力強化の極地。ソレは単なる怪力自慢どころではなく、とてつもなく悪辣な強敵であった。
戦闘とは相手の選択肢を減らし、自分の長所を叩き込むのが重要となる。
「ぬぅん!」
なんとか避けた鉄槌の一撃は、その余波だけで岩をも砕くだろう。当然にして受けるという選択肢を奪われる。
「だが、次は躱せるか!?」
縦に振り下ろされた一撃が石畳を通り越して地面を揺さぶる。盤石なはずの土台が悲鳴を上げて、連鎖的にめくれ上がった。
足場を奪われる。不安定な足元を生死の際の集中力で、蛇のように蛇行しながら滑り抜けて…何とか無事な位置に陣取ることに成功。
敵手の何気ない一撃が必殺の威力を有している以上は、安易に飛んだり跳ねたりといった回避を取らせない。
地面に意地で吸い付いていたのが、幸い。振り下ろした姿勢から跳ね上がってきた連撃を、またも紙一重で躱す。
「あ…っぶな!」
鼻先を通過していく破壊の結晶体に戦慄が止まらない。
戦闘を開始してからのわずかな時間が無限にも感じられている。
「見事、見事。我が攻撃をここまで躱したのは貴様が初めてである。褒めてくれよう」
「そりゃどうも」
上からの物言いにも腹は立たない。
英雄の領域の更に上へと行く身体能力と、身につけた技巧。ギョルズはまさに地上に顕現した闘神であり、敵を侮るのも当然のことだろう。
「しかしながら、魔女の秘蔵っ子とまでは思えぬな。コソコソと逃げ回るだけが能ならば、保つのはあと十数合と言ったところか?それでは名折れにも程がある」
「…言ってくれる」
〈半端者〉にも少しは意地があるというところを見せてやらねばなるまい。
柄にもないことを思いながら、樹槍の石突を地面に突き刺す。
「…む」
「確かに真っ当な決闘ごっこじゃ、逆立ちしてもあんたには勝てんだろうさ」
だが、舐めるなよ。〈半端者〉とは俺の性質のことであって、強さを示す称号ではないのだ。
「嵌め殺してやる。偉そうなのは髭だけにしておくべきだったな」
//
地に突き立てられた樹槍が鳴動する。仄かな緑光が揺らめく。
「這い寄り集え、見捨てられたモノ達。輝く強者の足を引け!」
何らかの術を使うと見たギョルズは、一気に攻めたてんと突撃を敢行した。
その判断は正しい。どちらも相手の戦法を知り尽くしているわけではないのだから、“何かをする前に潰す”という発想は極自然。
「ぬっ!?小癪な!」
しかし、その突撃は出掛かりを抑えられた。
樹槍から切り離されたツルによって、足を絡めて縫い付けられたのだ。剛力にして俊敏であろうとも、初動を制されては本領を発揮できない。
その僅かな間隙に…
「他者を拒む、棘の幹。魔性の刺棘で敵を穿て!」
聖騎士長の周囲を囲うように、せり上がって来る孤独な木々。
その幹から、枝から、槍のごときトゲが恐るべき速度で敵に向かって成長を開始する。
「ぬぅおおお!?」
戦闘を開始して以来、先に血を流したのはギョルズであった。
四方八方から乱育する棘の槍に全身を突き刺されて、豪奢な甲冑が蓮の花托のように穴を開けられていく。そこから血が伝って金を赤へと染め上げた。
樹槍が与える加護はあくまで超常の生命力である。ゆえにコウカが繰り出された魔技の数々は、あくまで樹槍本体の性質を利用した技であった。
コウカ達、魔器使いは製作者からその特性と使用法を叩き込まれている。得物の従僕でしかない神器使いとは技量と練度が隔絶しているのだ。
しかし、それでも…
///
「なんつー硬さだ。本当に人間か…?」
ギョルズは未だに戦闘が可能な状態だ。樹槍越しの手応えからそれを感じ取り、油断なく構える。
信じ難いことではあるが…どうもあの偉丈夫は着ていた鎧よりも素肌の方が硬いらしい。
筋によるものか、皮か、骨なのかは不明だが…放った無数の魔棘がどれも急所に届いていないのだ。目を奪ってすらいない。
…どうにも強化の度合い。それも瞬間的にとなると神器の方が圧倒的に上であるようだった。
「ぬぅおおお!神よ!我に更なる力をををぉ!?」
それにしても様子がおかしい。
致命ならずとも負傷はさせたというのに、圧迫感はさらに増す一方。ギョルズが身に纏う黄光は輝きを増して、増して、止まらない。
弾けるような耳障りな音を聞いて、コウカがとっさに横へ飛んだのは生存本能のなせる技だ。
黄光が弾けて、突き抜けていく。圧倒的な熱量と速度。
「…雷?」
考えて然るべきであった。
樹槍がそうであるように、あの鉄槌自体にも恐るべき力が宿っているのだ。
闘神ソールは雷神であるともされる。自分ですら知っている神話の中で彼の神が握っていたのは…
「雷撃の鉄槌…」
いかなる怪物だろうと打ち砕く、雷撃と熱の塊。
担い手の練度が足りぬというのなら…自分が底上げするまでだ。そう鉄槌が口を利いたように感じるのは、なぜだろうか。
神話の本領が牙を向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます