神器と魔器

 神器と魔器は原理そのものは同じだ。魔女がそういう風に造ったのだから当然といえば、当然の話ではあるが。


 神器は所有者の信仰心などといった無形のモノを受け取ることで、接続された神々の司る恩恵を直接受け取る。本来世界に遍く、そして薄く広がった加護を一身に受け取ることで、結果として莫大な強化を担い手にもたらす。


 魔器は適合者のある要素を受け取り、世界の自然に分け与える。その見返りとして天地自然の恵みを集合させる。…まぁ自然の方に事前に承諾を得ているわけでもないが。


 強大な存在から受け取るか、無数の微弱な力を束ねて奇跡と成すか。

 単純に強化されるモノだけ見れば神器に軍配が上がる。自然は神々の恩恵によって成り立っている。

 しかし、魔器が劣っているかと言えばそうでもないのだ。束ねる過程がある故に、爆発力では後塵を拝しても、応用などで機転が効く。


 …そもそも、どちらであろうと戦闘だけを目的としたものではないのだが。


/


 幾多の聖騎士を相手に見事。そう評されたコウカだったが、観客でもいればブーイングのひとつも浴びたことだろう。

 コウカは全速力のすり足で後退しながら、槍をひたすら前に押し出しているだけだからだ。


「しつこい!その上、退きもしないとか何なんだよ!」


 この区画に慣れている、という地の利があるからこそ可能な戦法ではある。だが、コウカとしては相手が止まるか、列に乱れが出たときに逃げるつもりだったのだ。


「逃さぬ…」

「忌々しい…」


 ぶつぶつと呟きながら聖騎士達は愚直に突撃を仕掛けてくるだけだ。それも、本当にただ一直線に…。既に対象を補足したと言わんばかりに、聖騎士達は合流を繰り返した。そして今や、団長と副長を除いた全員が揃っていた。


 誰が見ても異常な光景である。数が多いということは単純に強力である。それは確かなのだが蟻の如き隊列を組んでも、コウカに向かって剣を振れるのは先頭の数人に限定されてしまう。


「オオオォオオオ…」


 その最前線はコウカに幾度も用心槍で突かれて、蜂の巣である。それでも未だ動きを止めず。しかも何やら傷口から雷光や赤光が迸っている。


「気色悪…」

「全くだ。セネレ、こっちに付き合ってないでとっとと行け。コイツら相手にしても何も儲からんぞ」


 傷ついた仲間をそのままに列を組み替えることすらしない敵の動きは鈍い。加えてここは悪所。地下にも地上にも道は腐るほどあるのだ。ここでの裏稼業歴はセネレの方が長いと来れば、逃げるのは容易だ。


「でも…」

「でも、サルグネ様からの命令があるから。私達、“牙”は従わなくちゃ」


 生臭い商売の上役の顔を思い出す。こうなれば、あの人物が生きているかも怪しいものだ。その辺で家屋の下敷きになっていてもおかしくない。

 敵は身体強化を得意とするタンロの聖騎士だ。列が通り過ぎ、コウカへの攻撃が空振りする度に町が崩れていっている。


「その命令出した姉御は、もういないだろ。生きているならどっか行ってるだろうし、多分そこらで死んでる。放棄するなり、さっさと遂行して行け」

「うー、いいの?というかコウカはサルグネ様から?」

「ああ、い…っ!」


 瞬間、走る激痛。背中に生暖かいゼリーが這う感触。



/

 なぜだろう?なぜ、こんなに震えているのだろうか?

 そもそもおかしい、刺した場所も肝の臓からズレている。わたしを捨てた先生が教えた場所じゃない。ああ…だから、捨てられたのかな?


 口の中に芋の混ざったパンの味が広がる。鼠の肉の味も。

 一緒に買った服はもう燃えてしまっただろうか?


「ああ、くそっ!そういうことか…あの姉御め…糞に格下げしてやる!覚えてろよ…!よりによってコイツにさせるか普通?」


 なぜか恨み言がコチラに向かない同居人。ええと…ええっと、この人の名前。思い出せ、思い出そう。でも、一度刺したら忘れなきゃ。


「コ…」

「よし。セネレ、お前の受けた命令はそれだけか?」


 何を言ってるんだろう、この人は。


「え、…あ、う」

「なら、とっとと行きな。煮えた分はあの阿呆達に向けるから」

「でも、わたしは…あなたを…」


 刺しました。裏切りました。騙しました。

 小さな者なら、哀れんだ者が迎え入れる。そこをぐさぁっ!それがわたしの仕事だったんです。そうすればパンが貰えます。

 あれ?でも、この人はわたしが何もしなくても、食べさせてくれて…


「ほれ、行け。互いに冷静になってから、喧嘩の決着はつけよう。許すとは約束できんが…ここはコイツラが邪魔だぁ!」


 修羅場へも容赦なく突き進んできた別の修羅達。

 同居人にして標的の戦法が変わる。追いつかれたゆえの乱戦だ。

 どの道、割り込めない。後ろからこそこそと狙うには数の揃った甲冑は鉄でできた旋風めいている。


「ごめ…ごめんなさい!ごめんな…さい!」


 ずっと忘れていた言葉。

 その罪と共にわたしはあの人を置き去りに逃げた。


//

 ああ、痛い!

 痛いのは嫌いだ。好きな人は世間でも珍しい部類だろう。

 そもそも戦いが嫌いだ。切った張ったしても報酬と釣り合いが取れていないし、疲れる。どうせやるハメになるのなら、大上段から余裕で叩きのめせる場合が良い。


 美々しい甲冑の群れ。

 全部、お前らのせいだ畜生が。


「目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ――!」


 〈半端者〉は逃げたほうが良いという効率を無視して、目の前の小事にかかずらう。全霊をもって。


「全員、捻り潰してやる!さっきまでのように行くと思うなよ。このクソ…ええっと、バカども!」


 貧弱な語彙からひねり出した罵倒。

 驚いたことにそれに応える者があった。


///


『口は腕ほどには立たんようだな。もう少し、詩趣があれば良い歌劇になったのだが』


 瞬間、膨れ上がる圧倒的な気配。

 暴威の具現者が姿を表す。


 家屋が吹き飛び、荷車が微塵と散る。わずかな石畳がめくれ上がる。

 雷神の使徒はここにあり。


 全てを蹂躙しながら、この国の最強が襲来する。速度も力も桁違い。そう、聖騎士達はコレが劣化した存在に過ぎない。

 嫌味なほどに紳士的な顔が綺羅びやかな甲冑の上に乗っている。そして担いでいるは身長ほどにもある鉄槌。


「さぁ行くぞ、魔女の走狗。ソールの遣いを前に散るが良い」

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