これが彼の平穏

 魔女の弟子達の中で最も早く頭角を現したのは〈美しき者〉ラルバであった。ただし、その行動を活躍と呼んで良いのかどうかは人によって意見が分かれるところであろう。


「目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ――」


 朱の光が豪奢な一間を覆う。豪奢なのも当然である。ここは一国の王城なのだから。


『我が与えるは寄生花の加護。他者を食らう簒奪の力』


 言葉と共にドレスに不似合いな脚甲グリーヴから茨が張って行き敵対者の身体に絡みついた。


『種子をばら撒け。根を繋げよ。もはやいかなる存在も汝の糧に過ぎぬ』


 茨の檻の中から苦悶の呻きが聞こえる。ラルバのステップに合わせて響く絶叫はまるで伴奏のよう。


『己が肉を輝かせるため、全てを吸い上げるのだ我が主』


 茨の檻の中から宝石と貴金属で構成された冠が転がり落ちた。それをラルバは踏みつけにして動きを止める。そう。たった今食らったのは彼女の生国の王。故郷を蹂躙しても〈美しき者〉は感慨を覚えない。


「偉ぶっていた王様も、神器使いも私の手にかかればこんなもの…いえ、足かしら?」


 髪を後ろに払いながら、城内を今もなお蹂躙し続けるその姿は“魔女の弟子”という肩書にもっとも相応しいといえる。

 ラルバの持つ簒奪の魔器は同胞には有効的とは言えないが、神器使いにとっては致命的な相性の悪さを誇っていた。魔女の弟子達は魔器含めて同格になるが、他者に対する有効性は差が出る。つまりあの魔女にとって神器使いは障害とみなされていないのか。

 考えがそこまで及んで、魔女の姿を思い出し不快げに眉を潜めた。ラルバもまたいつ落ちてくるか分からぬ天に怯える一人であり、そこは同胞達と変わらない。


 ラルバの精神構造は実に単純であり、即ち身内には甘く、他人に厳しい。彼女にとっての身内とは共に厳しい修行を乗り越えた他の弟子達であり、家族や主君はそれに当たらない。結果がこの光景であった。

 既に城は茨で覆われ大輪の花を咲かせ始めている。つまらなさげに王冠を蹴り飛ばした後、玉座に着く。


「皆は元気にやっているかしら?ちゃんと食べてるといいんだけど。特にカナッサはあの顔で甘ちゃんだから心配だわ…」


 干からびた死体に囲まれながら母親のような言葉を口にする〈美しき者〉。おぞましいのか優しいのか分からぬ新たな主の下で、国民達は過ごして行くことになるのだった。



 心配されている一人…〈半端者〉コウカはその時きっちりと食事を同居者と一緒に取っていた。

 品無く床に座り込み肉に齧りつく。暖炉を利用した調理器具の上で次の肉が食われるのを待っている。


「どうだ?セネレ」

「んー。ちょっと固いけどお肉」


 二人が齧りついているのは甲殻鼠の肉である。安価と聞いてはいたが意外に

 買ったものではなく狩ってきたものだ。最初に行った仕事であるためこの甲殻鼠狩りをコウカは気に入っていた。経験のある簡単な仕事というのはいい。痛みを伴わないと小者らしい気楽さを満喫している。

 甲殻鼠の皮はサルグネの商会に卸しているが、買い取り金額がかつて出会った小男のそれより4倍近かったので怒るより先に笑ってしまった。随分と上前をはねてくれていたらしい。

 こうした地味な仕事をコウカが好むことにサルグネは意外にも高い評価を与えてくれていた。自分は他人から吸い上げて生きている癖に他人は実直な方が好ましいらしい。


「鼠の肉は固いのが難点だな」

「んー、あと油っぽい」


 そこは肉なんだからむしろ良いだろ、と思わないではないが幼い相棒の言葉に相槌を返した。灰の少女と魔女の弟子の関係は奇妙ではあったが上手くいっていた。


「もちっと金溜まったらお前の短剣とか買い換えるか?」

「ん」


 少女に買い与えるものとしては物騒だがセネレは少し嬉しそうだった。表情はいつもと変わらないが共に暮らす内に段々と内面が読めるようになってきていた。目線も稀にではあるがコウカに焦点が合うようになってきている。

 自分でよく分からない気分を味わいながら、コウカは肉の味わいに集中することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る