37-6.「なんでふたつ?」
自分を鼓舞するようにチキンにフォークをつき立てた正人を見て、宮前が感心したふうにつぶやく。
「おまえ変わったな」
「そうっすか」
「覚悟が決まっちまったか」
入り口が開いて新しい客が来た。
「みどちゃんは?」
「帰ったっすよ」
「また渡せずじまいか」
彼が手にした赤いバラの花束を見て正人は唐突に思い出した。
――恋人に贈るなら、赤いバラだよね。僕も好きな子にあげたいけど。
「君こないだのナイトくんだろ?」
村上達彦は立ったまま正人を見下ろす。
「ここにいるってことはあの子のお気に入りか。やっぱりな」
「こら、達彦」
向こうから琢磨が声をあげた。
「いじめるなよ。そいつ勇人の弟だからな」
「は、面倒だな。どいつもこいつも」
言い捨てて踵を返す。
「帰るのか?」
「あの子がいないのにイブに男だけで群がってどうするんだよ。家で親といた方がまだマシさ」
颯爽と去っていく姿に琢磨は舌打ちする。
「まったくあいつは」
「おい、池崎」
頬杖をついて暗い表情で宮前が呼ぶ。
「おまえが覚悟決めたってなら、あの人も敵だぜ。もしかしたら誠より強い」
正人はぐっと手を握る。
この恋は敵が多すぎる。それでも戦う。気持ちはもうひるがえらない。
バス停で待っていた誠は会ってすぐにプレゼントを差し出してきた。
「気を使わなくていいのに」
美登利は中身を開ける前に自分も荷物を取りだす。
奮発して買ったウールのマフラーを巻いてあげた。
「あったかい?」
「うん」
「手編みじゃないから安心でしょ」
「手編みで腹壊したりはしないだろ」
「首が締まるかもよ」
「恐ろしいこと言うな」
笑って美登利はもらった包みを開ける。
さっき正人にもらったのとそっくり同じ包装だ。同じ店かと思いながら箱を開けて驚く。
顔に出ないように気をつけながら誠を見る。
「きれいだね、ありがとう。帰ったらツリーに飾るね」
「ただいま」
「おかえりなさい」
「お父さんは?」
「お風呂よ。次、入る?」
「うん」
ぼんやりと頷きながら、美登利はリビングに荷物を置いて箱を取り出す。
クリスマスツリーに寄って蝶のオーナメントを取り出した。場所を空けてそれを吊るす。
「綺麗ねえ。ハンドメイドよね。ていうか、なんでふたつ?」
「うん……」
「かぶったの? もてる女はつらいわねえ」
「お母さんはこういうことあった?」
「そりゃ、もちろん」
ちらっとサニタリーの方を窺いながら母は声を潜めて話した。
「雑誌に載ってた鞄をね、これが欲しいなーってつぶやいたら、お父さんともうひとり、買ってきてくれた人がいてね」
「ははあ」
「言わないでね」
「言うもんか」
「そういうこともあるわよ」
幸絵はしたり顔で頷いているけれど。
(私はつぶやいたりしてないけどな)
納得がいかずに美登利は首を傾げた。
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