34-4.「それでもわたしの彼でいて欲しい」

 はあーと和美は肩を落として深く息をつく。

「坂野っち本当に一ノ瀬くん嫌いだよね」

「大嫌いですよ。なんだかんだ一番いい思いしてるんですから。この野郎ってなもんですよ」

「坂野っち、コワい」

「なにをいまさら」


「池崎少年が実際にどっちに傾くにしろ、いちばんかわいそうなのは小暮っちだよね」

「見方を変えれば彼女だって十分ズルいんですよ。そう思いませんか?」

「美登利さん以外に厳しすぎなんだよ、坂野っちは」

「そうでもないですよ」


 今日子が視線を上げる。

 一階の渡り廊下に差し掛かっていた。

 向こう側の校舎の入り口に小暮綾香と須藤恵が立っていた。

「みんな計算ずくでそれが得意なんです。ねえ、須藤さん」

 きょとんと眼を丸くした恵だったが慌てて窺うように綾香の方を見る。


「意識してそれができるか、無意識にやってのけるか。それだけの違いです」

 今日子は冷たく綾香を見る。

「それだって相当の覚悟が必要なんですよ、わかってますか?」

「ちょっと、やめなよ」


「責めてるわけじゃないです、確認してるだけです」

 傲然と自分を見る今日子の視線を受け止めて綾香はぐっと目に力を入れる。

「いけないことですか? わたしは彼が好きだから……」


「いけなくなんかないです。人の話を聞いてなかったのですか、確認したいだけです。男なんてその場の雰囲気で『好きだ』なんて思ってもないことを平気で言える生き物です。言質を取るのも既成事実を作るのもそれはそれでやり方です。でも相手に合った戦法を取るべきなんですよ。そこを間違えるとあなただって無傷じゃいられません。その覚悟はできてるんですか?」


「そんなの……」

「池崎くんのような人はいつスイッチが入るかわかりません。そしていちどスイッチが入れば止まらない。わかってますか? 崩れるときには簡単に崩れてしまうのですよ」

「……」


「自分が楽しくて気分が良くて、それで割り切っているならそれでいいんです。ねえ、須藤さん?」

 恵は気まずそうに眼を泳がせる。

「でもあなたの友だちはあなたと同じではないし、池崎くんも森村くんとは違う。間違えたら駄目ですよ」

「……」

「私が言いたいのはそれだけです。後は各自ご自由に」


 ふたりの横をすり抜け昇降口への角を曲がろうとしたところで、今日子はもう一度足を止めた。

「ああ、一応念を押しときますが、間違っても美登利さんを責めるようなことはしないでくださいね。そのときには私が容赦しませんから」


 和美の方がぞっとしてしまう声色だった。

「坂野っちすごいね、百戦錬磨の人みたい」

 こそこそ言ってくる和美に今日子はひんやり笑う。

「それは百戦錬磨の人の近くにずっといますから」


 一方で、何かをこらえるようにしている綾香を窺って恵が言う。

「言われちゃったね」

「それでも……」

 綾香はぐっと涙をこらえて声を押し出す。

「それでもわたしの彼でいて欲しい」

「うん」

 そっと親友の肩に触れて恵も頷いた。

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